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小さな世界で些細な活動にハゲむ高校生たち

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第六話 遠方からの少女


 俺も冷えた線路に落ちた。

「電車が来る前に急ごう!」
「え……キャッ」

 とにかく、彼女だけでも線路内から出さないと。その一心で、俺は彼女の腹に手をかけ、持ち上げ、上半身をホームに上げ、尻を押して、彼女を救出した。
 パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

「や、やべえ!」

 腕力をフルパワーにした結果、簡単にホームへと上れた。

「何をやってるんだ君は! 危ないだろうが!」
「すみませんすみません本当にすみません」

 闇夜に響く車掌さんの怒号。警笛のような凄まじい迫力だ。毎日働いているんだなぁ。
 二分後。

「ご、ごめんなさい……落ちちゃって」
「大丈夫でした? ああ、俺のことは気にしないで。死ぬとこだったけど……」

 彼女は黄緑色の光なんか発していない。錯覚だったらしい。
 瞳は、大きいが控えめ。藍色のコートは肩から膝下十センチまでをすっぽり覆い隠し、下をはいているのかいないのか見分けられない。脇のあたりまで伸ばされた二つ結びの髪の毛は、結び目が耳より下にある。色は、藍色。髪色が気に入っているから藍色一色のコーデなのだろうか。言えることは、三智やレコミのような、ビカビカと光り散らす人々とは真逆の雰囲気ということ。
(可愛いっっっ)
 ――ただ、背中が少し丸まっている。

「あ、あの。脚、寒そうですね」
「大丈夫です」

 丸まった背中のまま、小さく呟く彼女。

「その、言いにくいんですけど……下はいてます?」

 一瞬で、丸まった背筋がピーンと伸びた。

「はいてますっ! ほ、ほら……」

 膝下まである丈の長いコートの縁をちょん、とつかみ、ぴらっとめくる。

「!」

 鼻から血が出そうになって、思わず鼻を覆う。彼女は恥ずかしそうに俺の目をキッとにらんで、バッ、と素早くコートの縁を元に戻す。

(し……白のホットパンツはいてた)

 まるで光の点滅みたいに短い時間だった。だが、俺の目には克明《こくめい》に、「鼠径部までしかないちっちゃな白い布」が焼き付いた。
 その時

「光?」

 拳を握った彼女の右手の隙間から、黄緑色の光が漏れているのを視認。錯覚じゃなかった……? しわの無い綺麗な俺の脳みそがぐちゃぐちゃになってるんだが……

「う、うそ……あなたこれが見えるの?」

 目を丸々させて俺を見る彼女。見えちゃダメなやつだった……?

「……見える」
「し……信じられない……」

 目をまん丸くして驚嘆した彼女。

「ほ、本当?」

 身体をおどおどさせながら、言われる。

「ああ。黄緑色の光。さっき引き上げようとした時は全身が光ってた」
「……そん、な……」

 もっとおどおどし始めた。ごめん、見えちゃって。

「私はっ」
「はいっ……」

 急にぐいっと詰め寄られる。宝石のような、ブルーが差す瞳。

「この光を捨てるためにここに来たの」

 斜めに上がった眉根がピクピクしている。

「どういうことか、全然分からない……です」

 開いた右の手のひらが、なぜか光っている。果てしなく難解だ。

「知られたら……は、恥ずかしい、から」

 スッと下を向いて、悲しそうに、恥ずかしいと呟く彼女。恥ずかしいことが悲しいことでもある……そういうこともあるのか。確かに、三智にチ●コ見られたら恥ずかしくて、悲しさのあまり自殺するだろう。

「あなたから良くない臭いを感じる」

 俺は無意識に眉を顰めてしまう。恥ずかしくて悲しそうなのは、すなわち辱しめられたということ。ヤクザ男に服を引き剥がされて、綺麗な身体を露わにされたのではないだろうか。それで自殺しに……。
 でも、何があっても自殺は許されない。臭《にお》いの正体が彼女の自殺欲だとすれば、何としてでも引き止めなければならない。

「良くない臭《にお》い⁉ 私、臭《くさ》いの⁉」

 一瞬で表情が崩壊し、慌て始めた彼女。腰が一瞬ベンチから宙に浮き、バタバタ慌てふためきながらコートの袖を嗅ぐ。臭《くさ》いのが嫌なのは誰でもそうだが、腰が宙に浮くほど動揺するとは。

「補足すると、水替えを一日忘れた花瓶の中の臭《にお》いに近い。それくらい臭
《くさ》い」

 ちょっとからかう。可愛い女子の焦った姿を見てみたいという、男の卑劣な悪心ゆえの悪行だ。御免。
 光速でベンチの一番隅に平行移動した。困惑して慌てふためく彼女。喩えるなら、十六億八千万円もする「稲葉天目」という茶碗を、この待合室の冷たいコンクリートの床にガッシャーンしてしまって、右も左も分からないほどに狼狽《ろうばい》しているような。大きく見開かれた目、その中の瞳孔は今や、とんでもなく小さく引き締まっている。

「わわわ、私はどうすればいいの⁈」
「えっ……えーと……だな」

 本当は無臭なのに。行き過ぎた。

「他の女子に香水を教えてもらうとか? ……かも」
「他の……」

 俺は拍子抜けしてしまった。あんなに狼狽していたのに、今度は生気が抜けたように目をしぼめるんだから。

「私は他の人には視認できないはずなの。どうしてあなたに見えるのかは不明だけ
ど、多分あなただけにしか見えない」
「それは……とても不思議だと思います」

 彼女は辱しめられたのだろう。だから変なことを言ってしまっているのだ。三智なら「いや何言ってんのウケるんだけど」とか言うだろうが、俺は三智みたいな、人の苦しみを理解できない、無神経なリア充ではないのだ。

「不思議に思うのも無理はないよ。私はもう、他の人とは異なるから」

 ベンチの一番隅っこで、諦めたように彼女は言った。

「なるほど……。えーと、そうだ! どこから来たんです?」
「朝、仙台から新幹線に乗って、昼に着いたの。でも暇だったから寝てた。そしたら急にあなたたちが押しかけてきたから、線路に飛び込んで隠れてたの」
「ちょっと待て、それは絶対しちゃいけないだろ……」

 ダメなこととかいうレベルじゃない。てか、昼は自力でホーム上れたのかよ。

「ん? 他の人に見えないってことは、切符も買えなかったんじゃ……」
「うん。みどりの窓口の人、私が目の前でしゃべっても、手を振っても、全然気づいてくれなくて。仕方ないから無賃乗車するしかなかった。席はガラガラだったよ……」

 ふむ。初対面の人に失礼だけど、看過できない。ここは一つ、罰を。

「いたっ」

 デコピンを付与。初対面の女の子だし、これくらいにしとかないとセクハラで訴
えられる。
 彼女の高い声は、レコミみたいにうるさく響くものではなく、小ぢんまりとして可愛い。

「な、何? 痛いよ!」
「無賃乗車は仕方ないとしよう。でも線路に飛び込んじゃダメだ、絶対。明日からしないって言うなら、もう一回のデコピンで許してやる」
「な、何でそんな上から目線で……」
「そりゃ、死ぬかもしれないからだよ。初対面のくせにって思うかもしれないけど、俺は君に死んでほしくないから」

 単に可愛いからとかエロいからとか、そんなんじゃない。赤の他人だけど、もう赤の他人じゃないって言うか……赤の他人なら死んでもいいってわけじゃないけど……