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短編集67(過去作品)

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 佐奈子と一緒に出掛けた温泉は、あまり有名ではないところで、ただ宿が新しいのと新鮮な海の幸がいただけるということで、佐奈子一押しの場所だった。
 海に面した温泉ということでリゾートのような雰囲気をイメージしていたが、リゾートとは程遠く、鄙びた海岸線の漁場のその奥に、せり立った断崖があるが、さらにその奥にひっそりと建っている宿が、目的の温泉だった。
 どうして佐奈子はそんなところを知っているのか不思議だったが、どうやら佐奈子は初めてではないらしい。宿の女将さんが佐奈子のことを覚えていたようで、佐奈子も懐かしそうな表情をしていた。
 佐奈子が笑顔になるのは珍しい。元々笑顔が少なかったが、最近では鬱状態も重なってほとんど笑顔を見たことはなかった。
 露天風呂もあり、宿の隣にある森の入り口を切り開き作られていた。創意工夫が施されているのが見て取れるが、宿を見ていてそれほどの切れ者と思しき人は、見受けられなかった。
「ここはね。私の知り合いの人が以前はオーナをしていたんだけど、一昨年に亡くなったのよ」
 佐奈子は寂しそうに言った。露天風呂に浸かりながら眺める月は最高で、まわりを取り囲んでいる森も、夜だというのに気持ち悪さを感じない。時々、風が吹いて靡いている木々も、何かを語りかけているかのように感じられ、お湯の音が周りに反響して、それが一番の癒しを与えてくれた。
 いつまでも浸かっていたい露天風呂だったが、頭に血が上るのを抑えるかのように吹いてくる風にハッとさせられ、そろそろ潮時であると思った。
 佐奈子も同じことを考えたのか、無言で湯から上がると、脱衣場に歩いていく。その姿は半分のぼせているのかフラフラしていたが、後姿に妖艶さがにじみ出ているのを感じたのだった。
 理恵子もゆっくりと湯船から上がると、ふらつく足元に気を付けながら脱衣場までやってきた。
 浴衣を着ている佐奈子の姿を見ながら、先ほどは気づかなかったが、肌がピンク色に上記しているのを感じたのだ。
 後ろ姿の妖艶さとは違い、均整のとれた体つきに思わず見とれてしまっていたが、考えてみれば佐奈子の身体を見るのは初めてだった。普段から露出の多い服を好んで着る佐奈子だったが、ここまで色白であるということに気づかなかった。裸になるということは、想像の中の感覚をことごとく打ち消すことになるのかも知れないということを、その時に初めて知ったのだった。
 部屋に戻って食事を摂り、一緒に軽く飲んでいたが、その時の佐奈子は饒舌だった。普段であれば絶対に話そうとしない今までの男性との秘話をいろいろと教えてくれたのだ。
 艶めかしい描写もあったが、決して耳を背ける気分にはなれず、却って聞き耳を立てるくらいに興味深い話だった。
――きっと普段なら、嫌だと思うんだろうな――
 温泉に来ているという解放感からか、それとも今まで気づかなかったことをいろいろ発見できる喜びからか、理恵子は、胸がわくわくしてくるのを感じた。
 佐奈子はその時、笑顔というよりも、表情に余裕が感じられた。それは相手を包み込むような笑顔であって、
――ひょっとして、この表情は相手が男性の時にしているのかも知れない――
 佐奈子のまわりに男性の気配を感じないことがほとんどなかった理由が、何となくだが分かってきたような気がした。
 佐奈子との旅行は楽しいというよりも、気分転換にはちょうどよかった。今まで佐奈子に対して抱いていた考えが少しずつ変わってきたことの証明のような気がした。何がどう変わったのか分からないが、ハッキリと言えることは、自分の中に佐奈子と同じ血が流れているのではないかと思えるほど、話に理解できたところだ。
 今までは、納得させようと自分に言い聞かせてきたが、納得させるまでもなく、佐奈子の次に発する言葉までもが分かるほどになっていた。
――前世では姉妹だったのではあるまいか――
 と思えてきた。
 前世など信じる方ではなかったのに、佐奈子の話を聞いていると、前世であったり宗教的な話までもが現実味を帯びてくる。実際に佐奈子の話の中には宗教ではないかと思えるような内容もあったが、説得しようというよりも、納得してもらおうという考えが見えることから、真剣に聞かなければならないという気分にさせられる。
 お酒が入っていたからかも知れない。威圧感が感じられたが、それは襲いかかってくるようなものではなく、縛られる感覚だった。普段であれば縛られるのは嫌なはずなのに、おの時は解放感よりも束縛されたいという不思議な気分になっていた。放っておけばどこかに飛んでいくのではないかと思う感覚は、今までにもあった。
 それは夢の中のことであった。
 夢の中では空を飛ぶことはできないと分かっていても、飛ぼうとする時がある。それは最初から夢だと分かっていないと絶対にできないことで、もしそのまま飛び降りたならば、間違いなく死んでしまうだろう。
 断崖絶壁をイメージしているわけではない、だが、飛ぼうとして飛び上がったその先は断崖絶壁であり、気が付けば目が覚めていた。飛ぼうとしても飛べないのは、そういう感覚に襲われるからだった。
 だが、佐奈子は違う発想をしていた。
「私は道を歩いていて空を飛ぼうとしているの。でも膝くらいまで飛んで、後は手足をばたつかせているという、人には絶対に見せられない格好悪い姿でね。格好悪いと思うから、絶対に空を飛べるわけはないの、きっと私の性格がそういう夢を見せるんでしょうね」
 今までなら何を言っているか分からなかっただろう。しかし、佐奈子が言いたいのは、要するに、現実では不可能なことは潜在意識の中で分かっている。だけど、それでもやろうとするのは夢に何かを掛けているからではないか。いくら夢でも頭の中で否定していることをしようとすることの愚かさを、夢は自分に対して一番酷なやり方で示そうとしているのだ。
 その発想が宗教掛かって聞こえるのだが、説得しようとしていれば、反発心も起こるだろう。しかし説得ではない気持ちが伝わってくると、真剣に理解しないと、今度は自分に損だと思うようになった。
 ひょっとして宗教とはそういうものなのかも知れないが、理恵子はその時、宗教であってもいいと思った。ただ、世間一般の宗教ではなく、二人だけの宗教。それならば、自分を納得させることができるのだ。
 温泉に浸かり、おいしいものを食べ、そして布団に入って真っ暗な中、二人で同じ天井を眺めながら話をする。真っ暗で、障子から差し込んでくる月明かりの中、障子に映る表の影が大きくなっていくのを意識していた。
 話をしながら天井を見つめていると、まるで天井が落ちてくるかのような錯覚に陥る。天井の木目調が遠近感を狂わせるのであろうが、木造家屋の不気味さを、今さらながらに思い知った気がした。
 温泉には、二泊三日を予定していた。最初の日は移動に時間を掛け、そして二日目にch核を散策しようと思っていたのだ。佐奈子は行きたいところがあるらしく、それがどこなのか理恵子には教えてくれなかったが、理恵子の心はドキドキしていた。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次