短編集67(過去作品)
本当の別れ
本当の別れ
理恵子は、男性と付き合うことを戸惑い始めていた。二十歳になるまでは、寂しくて仕方がない気持ちを紛らわすために、男と付き合うのだと思っていた。
実際に付き合った男性の人数は二十歳になるまでに十数人に達していた。この人数が多いか少ないのかは理恵子には分からなかった。ただ自分の感覚ではそれほど多くないと思っていた。それは友達にもっとすごい人数の男性と付き合った人がいるからだった。
友達の佐奈子は知っているだけでも理恵子よりも多い。彼女の付き合った人数が多いというのは、一度に複数の男性と付き合った期間もあるからだった。
「私には理解できないわ」
文字にすると冷たい表現だが、なるべく冷たくならないように言った。それが却ってバカにしたように聞こえたのか佐奈子は不機嫌になり、投げやりになって、
「どうせ理解できないと思っているから、理解してくれなくても結構よ」
と言われた。
「何もそんなつもりじゃあ」
と言っても、簡単に通じるものではない。
同じ期間に複数の男性と付き合うというのは、モラルという意味でも、相手に対して失礼という意味でも、許されることではないと思っていた。しかし、考えてみれば、分からないように付き合うのもその人の才能のようなもので、気づかない男性がバカなのではないかと佐奈子を見ていると思えてくるから不思議だった。
だが、理恵子に真似のできることではない。それだけに半分は佐奈子を理解できない人だと思いながらも、どこか惹かれていく自分に気づいた。自分にできないことができる人を尊敬するそんな気持ちだった。
佐奈子は、女の子の間では、すぐに男と寝るという噂を立てられていた。確かに男性と知り合ってすぐにホテルに行くことも辞さないというのが本人の話だったが、気に入らない相手であっても寝るという見境のなさがあるわけではない。それだけ相手の男性を見切るのが早く、気に入らない人だと思えば、まだ相手が佐奈子のハッキリとした性格を感じる前に、佐奈子の方から離れていくのだった。
そんな時の佐奈子は冷たい。別にまだ付き合い始めたわけではないのだから、形式張ることなどないというのが佐奈子の意見だ。下手に情けを掛けるような言い訳をしようものなら、相手に対してまだ未練を残させる結果になる。
「それってまるでヘビの生殺しのようでしょう?」
と、平然と語る佐奈子の勝ち誇ったような表情が癪ではあったが、言っていることは間違いではない。正論であり、説得力もある。そんなところが佐奈子の魅力であり、惹かれていく一つの理由なのだろう。
理恵子が佐奈子に惹かれるのは恋愛感情の考え方だけではなかった。あまり努力もしないのに、ほしいものを簡単に手に入れることのできるところがあることに大いに興味をそそられた。
かといって努力をしていないわけではない。ただ、努力の仕方がまわりとは違うのだ。
「私はね。他の人と同じだと嫌なの。だから他の人とは違うやり方をしているだけ。それが結果としてうまくいっているのだから、世の中って本当に面白いわね」
と、笑いながら語っていたが、その表情は本当に楽しそうだ。まさしく人生をエンジョイしているというのは、佐奈子のような女性を言うのだろうと感じたものだった。
それでも、佐奈子が落ち込んだ時は手が付けられない。誰も近づくことのできないオーラを発散し、理恵子ですら、まったく理解不能な一つの塊と化してしまう。そんな佐奈子を見ていると、自分まで鬱に陥りそうになり、なるべく余計なことを考えないようになっていった。それが今の理恵子の性格の一旦を形成していると言っても過言ではないだろう。
佐奈子の場合は躁鬱症とは言わないだろう。鬱になることはあっても、躁になることはない。きっと、誰か同じような性格の人がいて、伝染したのではないかと簡単に考えてみたが、あながち当たらずとも遠からじであったようだ。
理恵子は佐奈子と一緒に旅行に出かけたことがあった。佐奈子の性格だと、大勢で一緒に出掛けるということは苦手である。数人の気が合った人と出かけることが好きな理恵子を誘ったのもそういう理由だった。
そう、元々の発案者は佐奈子だった。
理恵子は数人で行くものだと思って簡単に了解したのだが、佐奈子は最初から理恵子と二人きりだと思っていた。他に誰も行く人はいないと聞かされた時、背筋がぞっとしたのを覚えている。
相手が佐奈子だからというのもあるが、理恵子は二人きりになるのはあまり気が進まなかった。
一番の理由は疲れることにあった。
理恵子は中学時代、友達の中で浮いていた。苛めとまでは行かなかったが、まわりから無視されたり、相手にされなかったりした時期があったのだ。その時にいつもそばにいてくれた女の子がいて、彼女は理恵子を慕っていた。
まわりから相手にされなかった理恵子を慕ってくれるなんて、それだけでも理恵子には嬉しかった。まるで妹分のように思っていて。慕われていることで肩ひじを張っていたのを覚えている。
ただ、彼女と一緒にいると、とにかく疲れた。彼女が悪い女の子というわけではないのだが、どうにも依存症の強い女の子で、そのせいでいつでもどんな時でも理恵子に依存していた。
最初は嬉しさからそこまで分からなかったのだが、次第に、
――おかしいな――
と思い始めると、その思いは疲れに移行してくる。だが、最初に依存を受け入れてしまったために、途中で突き放すわけにもいかない。彼女には悪気はないのだ。
分かっていても、疲れを癒すにはそのすべを知らない。何とか彼女の方から他に興味を持てるものが見つかって自然に離れていってくれたからよかったのだが、それから二人きりになることが自分の中でのトラウマになったのだ。
佐奈子とは友達だったが、彼女には絶えず男がまわりにいることで、依存度はすべて男に向いていて、理恵子にとって疲れる要素はどこにもなかった。
そんな佐奈子が何を思ったか一緒に旅行に行こうというのだ。身構えてしまっても仕方がないだろう。
理恵子は中学時代の理恵子ではない。まわりから無視されることも相手にされないなどということもない。友達も多く、相手から相談してきたり、佐奈子から相談を持ちかけたりもした。
そんな中、佐奈子はどういう魂胆があるというのか、それが怖かったのだ。
確かに佐奈子が最近失恋したという話を聞いた。佐奈子はいちいち失恋したくらいで落ち込んだりはしない。
見栄を張っているだけなのかも知れないが、それでもすぐに新しい男を見つけてくるのだ。佐奈子のまわりから男性の気配が消えている時期を知っているのは理恵子だけかも知れないと思うほど、短い期間であった。
佐奈子の周りに男性ばかりだと言って、佐奈子が女性の友達は理恵子だけというわけではない。親友と呼べるのは理恵子だけなのだが、それだけに、温泉に行くのが二人だけというのが理解できなかった。
賑やかなことは好きではないが、女性同士二人きりになる時間があまり長いと疲れると以前話していた佐奈子であった。理恵子が理解できないと感じるのも無理のないことかも知れない。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次