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短編集67(過去作品)

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 今までのさやかであれば、彼氏として物足りないと思うかも知れない。従順なのは、いいのだが、どうにもわざとらしさを感じてしまうからだ。最初の彼氏が同い年で、いつもさやかに対して引け目のようなものを感じていた。確かにカップルとしては男性が年上のパターンが多いので、同い年であれば、女性の方が立場が強くなることもあるだろう。
――どうして皆私に遠慮するの?
 それがストレスになってきて、最終的に別れるきっかけになったのだ。
 だが、聡に関してはストレスを感じない。さやかの感情を逆撫ですることもなく、うまくコントロールしているからなのか、それともさやかが成長したのか、はたまた他に理由があるのか分からないが、心地よさがさやかの中に芽生えているのは事実だった。
 聡と知り合ったのは、偶然だった。だが、今から思えば必然だったようにも思える。さやかにとって会社の近くに馴染みの喫茶店があったが、実は聡も馴染みにしていたのだ。それぞれに仕事が別で、さやかは仕事が終わってゆっくり過ごす時間として、聡は営業の時間調整として利用していたので、会うことはなかったのだ。
 それでも店の人はそれぞれを知っていた。常連さんが多いのが特徴の店は、当然常連さんを大切にする。しかし、さやかも聡も馴染みの店では会社や仕事のことを口にしない。それだけ素の自分を出しているのだろうが、二人が同じ会社の人間だと気づく人は誰もいなかった。
 元々二人とも口数の多い方ではない。それが馴染みの店では実に饒舌だ。特に聡はいろいろなことを知っている。世間一般常識と言われることや雑学まで、要するに会話の話題は豊富だった。
 それでもお互いに会うまでに、知らない相手として意識し始めていたのも事実だった。聡が店でした話を世間話として店の人がさやかに話してくれる。それをさやかも興味深く聞いているのだ。
「へえ、なかなか物知りの人が常連さんでいるんですね。お会いしてみたいものですね」
 さやかは、会社で聡のことを少しは意識していた。それは口数が少ないところがどこか神秘的に見えたことで、この時点でまさか話題の人が聡であるなど、夢にも思わなかったはずである。
 しかし面白いもので、実際に聡に会って話をするようになってしばらくすると、
――以前から、聡さんだって分かっていたような気がしたわ――
 会社で見せる彼の姿が、仕事用の仮の姿ではないかという思いは少しであるが持っていた。それは顔や素振りの雰囲気から、口数が少ないところに違和感を感じていたからだ。違和感を感じるからこそ、神秘的に見えたのかも知れない。人は見かけによらないというが、まさにその通りである。
 会社でさやかが聡を意識していることを、聡は気づいていた。気づいていて敢えて無視していたのだ。それは恥ずかしさからではない。さやかに対しても聡は物静かな女性で、大人の雰囲気のある女性だと思っていた。意識していたわけだ。
 意識しているからこそ、無視をするという行動に出た。無視をしなければ、さやかとの距離が遠くなってしまいそうに思えたからだ。近づきすぎると下手に意識してしまう。かといって遠ざかるのも見えなくなってしまいそうで、却って不気味に感じていた。そこに恋愛感情は存在していなかったが、さやかとの微妙な距離を崩すことを恐れていたのは、事実だった。
 さやかには、会社で腹を割って話のできる友達はいなかった。さやかだけではない、他の人も皆そうなのかも知れないと思った。仕事に集中している時は分からないが、フッと息を抜いた時に感じるやるせなさに我慢できない自分がいることで、さやかは職場の雰囲気が最悪であることを知る。
 それはまだ自分が若いからだろう。慣れてくると、それが当たり前だと思ってしまう。当たり前だと思ってしまえば成長がないことは分かっているので、わざと慣れないようにしているのかも知れない。自問自答を繰り返すが、それに対する答えは返ってくるはずもなく、また期待しているわけでもなかった。
 馴染みの店に行っても、本当の自分をどれだけ出せているか分からなかった。店の人や常連さんと話をしていても、時々言葉に詰まってしまう。そんな時、
――ここは本当に私の居場所なんだろうか?
 と感じる。
 店内にはさやかの好きなジャズが流れている。学生時代までハードロックが好きだったのに、今は落ち着いた音楽を好んで聴くようになった。むしろ、ハードロックを聴いていたこと自体、自分でも不思議だった。短大時代は、まわりの人に染まりたくないという思いを抱きながら、結局は染まってしまっていた。必要以上に時間や余裕を持て余していた結果なのかも知れない。
 ジャズは聡も好きだと言っていた。実際に大学時代にはサックスをしていたということで、ジャズも聴かせてくれたことがあった。ただ、バンドを組んでいたわけではなく、独学で覚え、ただの趣味として楽しんでいただけだということも、さやかには新鮮な響きに思えた。
――この人は自分の世界を持っているんだわ――
 そう感じた時、最初に聡を好きになった瞬間だったのだと、今でも信じている。
 聡と知り合ってからも、相変わらず一人で店にいることがあった。聡とは時間が合わないので仕方がないが、ジャズがサックスで奏でられているのを聴くと、聡を思い出すのだった。
 聡と愛し合うようになって、薬は飲まなくなった。薬の存在すら忘れさせてくれるほど聡に溺れていたのかも知れない。だが、それは聡の身体に溺れているというわけではなく、新鮮さがさやかの心を捉えて離さないからだった。
 聡は無邪気だった。きっと他の女性だと物足りなさを感じるかも知れない。だが、無邪気な中にもさやかは抑揚を感じる。心に響くものを必ず会った時に一つは与えてくれるように思えた。
――私たちの恋は、成長する恋なんだわ――
 恋愛について考えることも多かったが、その都度感じる何かつながらない矛盾のようなものがさやかにはあった。それを聡との恋愛が解消してくれたような気がした。そのキーワードが「新鮮」だったのだ。
 聡との付き合いを誰も知らないまま、そろそろ半年が過ぎようとしていた。
 さやかが聡の部屋を訪れるのは何度目であろうか。聡の部屋に向かうまでに、途中で買い物を済ませてくるのだが、その道のりも長いようで短い。楽しみで歩くことがこれほど短いものかと思ってもみなかったことだった。
 駅を降りてから、普通に歩けば二十分は掛かるであろう。あまり大きな駅ではなく、鈍行しか止まらない。最近でこそ駅から見える山間に住宅街ができて、バス路線も充実しはじめた。そのうちに快速電車も止まることになるであろう。
 駅前のロータリーも今は工事中、バス路線が増えることで、改修を余儀なくされている。夜ともなればタクシー乗り場に人が殺到する。バスの最終は電車の最終に比べれば、かなり前の時間であった。新興住宅街で、やっと最近になって人が増えてきた駅なので、インフラの整備が若干遅れてしまっていた。
 それでも、スーパーやコンビニの進出は早かった。買い物をするには十分で、それは新興住宅街のためのものではなく、元からあった駅近くのアパートやマンションのために作られたものだった。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次