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短編集67(過去作品)

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 人から騙されたわけではない。ただ、子供の頃から受けた教育がそうだったのだ。特に
母親親から受けた教育を忠実に守ってきた結果が、個性を表に出さないという考え方だ。
 さやかの家は元々旧家で、父親は代々の事業を継ぐ社長になっていた。あまり身体が強くないさやかを、母親は大事に育ててきた。そんなさやかも反抗期があったが、それは短い時期で、小学生の頃に男の子に混じって遊んでいた時期、あの時期だけが、反抗していた時期だった。
 今でもその時期を夢に見ることがある。反抗していたとはいえ、さやかにとっては一番楽しかった時期で、印象深かった時期である。どうしてその時期を思い出すのか、さやかには分からなかったが、それが一番自分を表に出すことができた時期だということは分かっていて、その二つを結びつけることができないだけであった。
 さやかは頭の回転は速い方である。ある程度のことは分かっているのだが、最後の結びつけのところで分からなくなってしまう。それが内に籠ってしまう性格に起因しているということが分からない以上、それ以上にもそれ以下にもなることはないだろう。
 さやかは子供の頃から飲んでいる薬があった。それは市販の薬ではなく、さやかの家に代々伝わる秘伝の薬だった。何を隠そうさやかの父親が経営している会社は製薬会社で、市販の薬も売っているが、それ以外には健康食品やサプリメントなども扱っている。中小企業ではあるが、それなりに名も通っている。
 その薬を飲むと自然に気分が落ち着いてくる。健康食品の一種として飲み始めたのだが、毎日一粒飲むようにしている。これを勧めたのは祖母で、今はすでに亡くなってしまったが、祖母の言っていたことを一番理解できたのは、薬を飲んでからすぐだった。
――精神安定にもいいのかな?
 と感じるほど、スッとするものであった。
 ただし、この薬は秘伝のものであるから、絶対に誰にも言ってはいけないと言われた。それは母親にでも同じだった。母親の言葉には時々納得のいかないこともあったが、薬を飲んでいると、納得の行かないことでも、聞けてしまう。そのたびに、自分の心の中に何かが籠っていくのを感じていたが、それも嫌ではなくなっていた。
 だが、そんなさやかも彼氏ができると、薬を飲まなくなった。それも、祖母の教えだったのだ。
「誰か好きな人ができると、薬を飲むのを止めるんですよ。飲み続けていると、その人を本当に好きになれなくなりますからね」
 と言っていた。
 その時は何のことを言っているのか分からず、言葉だけを覚えていた。今もその時のことが頭に浮かび、言葉が思い出せるのだが、意味は分からないでいる。それでも祖母の教えということで、彼氏ができてから薬を飲むのを止めた。それからのさやかは心細くなることが多くなり、せっかく彼氏ができたのに、本心から楽しめない時期があった。
 彼氏ができたことを、他の人に公言できずにいる。まわりの人は、誰もさやかに彼氏ができたことを知らないだろう。ただ、中にはそういうことに聡い人もいて気づいている人もいないとは限らないが、決してさやかにそのことを言おうとしない。さやかに言うようなおせっかいな人に気づくはずもないとさやかは思っていた。
 だが、本当に気づいた人は誰もいなかった。さやか自身、結構変わったと思っているようだが、まわりの人はさやかが考えているほど、さやかを意識していないようだった。別に気配を消しているわけでもないのに、人から気にされないというのは、本当は寂しいことなのだろうが、まわりから気にされていないことにさやかは気づいていなかった。
 薬を飲むのをやめたことで、さやかは気配を消していた。薬によってさやかの存在感がまわりに示されていたのだが、逆に一人の男性からは、これほど大きな存在感のある女性はいないと思われていた。薬をやめた副作用なのかも知れないが、さやかが思っている人にだけ存在感が凝縮されているようだった。
 また、薬の副作用としては、自分が嫌だと思うことを感じなくなったことだ。自分にとってはありがたい副作用で、この薬の副作用は、意外と本人に悪い影響を与えるものではない。
 さやかがその時に付き合った男性は、どちらかというと子供っぽいところがある男性だった。高校を卒業して一浪し、大学に入った。まだ一年生ということもあり、さやかから見ても、子供っぽさは否めない。
 ただ、少年の心を残したあどけなさというわけでもなく、考え方が子供っぽく、最初は新鮮に感じたさやかだったが、薬をやめてから、自分に対しての意識が強まったことを知ると、
――何か、どこかが違う――
 と思うようになった。
 その時、他の人から自分の存在が薄く見えていることに気づき、彼の視線が必要以上に強いことが分かったのだ。必要以上の視線の強さは、相手の悪いところを鮮明に映し出す。それまで意識していた子供っぽさが、新鮮さではなく、甘えからのものであることに気づくと、徐々に冷めてくる自分を感じた。
 彼氏がほしいと思っている時にできた彼氏ではないだけに、冷静な目で見ることができた。人から好かれることを急激に望んだのは、寂しいからではなく、人に好かれる自分を客観的に感じたことで、彼氏がほしいと望んだのだ。欲する気持ちは感情から現れるものであったことを、いまさらながらに思い知らされた。
 さやかが最初に薬を口にした時、あまりおいしいものではなかったのを覚えている。薬とは、元々おいしいものではないが、苦かったりするから嫌なのが分かるというものだ。それなのに、この薬は、まずいというわけではない。おいしくないのだ。味がまったくしない薬、いつまで我慢して飲めるか、まったく想像もつかなかった。
 子供の頃だったので、薬が嫌いな子には、それなりに飲ませる方はいろいろ工夫をした。最初の頃はおもちゃを買ってもらったりしたものだが、それすら珍しいことだった。
 祖母は決して妥協を許すようなタイプの人ではなかったので、子供に媚を売るなど信じられない。ただ、さやかが最初に薬を口にしたのは、そんな意識が芽生えるよりもまだ幼いことだったのだ。
 とにかく祖母のいうことだけを聞いていればいい。まるで洗脳されたようだったが、子供の頃はそれが当たり前だった。学校に行ってからクラスメイトがまだまだ子供に見え、甘えん坊がどれほど多いことかと思ったものだ。さやかが男の子たちと遊ぶようになったのはそういう気持ちの表れもあり、なぜか、祖母はさやかが男の子たちと遊ぶことを反対はしなかった。
 それでも父や母はさすがに女の子なのだからと黄にしていたようだったが、祖母には逆らえない。しかし、高校生くらいになってから母親から、
「私も子供の頃は男の子たちと遊んだものよ。これも遺伝なのかしらね」
 と言って、笑っていたが、最近のさやかはその言葉を思い出して、遺伝という言葉だけで片づけられないもののように思えてならなかった。
 薬の効果ああったかどうか、それは本人に分かるまでには時間が掛かるということだ。そもそもこの薬がどういうものであるか、誰も教えてくれない。祖母にしても、
「気持ちを落ち着かせるものなの」
 というだけで、具体的には教えてくれない。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次