小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集67(過去作品)

INDEX|18ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 という言葉があるが、ゴールから先を知らない私には、その言葉の本当の意味は分からない。結婚までを遊びだと考えている人にとっては、たくさんの女性を知ることが遊びであり、結婚してしまうと一人に決まってしまうことでそれを憂いての言葉なのか。それとも、責任が大きくのしかかってくることからの言葉なのか、すぐには理解できない。しかしながら、結婚した人の言葉なので、その真意は結婚してみなければわからないことのはずである。
 実際に結婚してみると、佐智子はまったく変わらなかった。野球場の表の森を一緒に歩いて話をした時のままの佐智子である。佐智子に私の好きなところを聞いたことがあるが、返ってきた答えは、
「真面目なところ」
 だという。佐智子にも同じ質問をされて、
「新鮮なところがずっと変わらないところ」
 だと、答えた。まさしくその通り、最初に私が感じた新鮮さは、忘れることのできないもので、佐智子にとっても私にとっても、お互いの言葉は深く心に刻まれていたことだろう。
 もっとも、その質問は同じ時の質問ではなかった。最初に聞いたのは私からだったように思う。その時に私は佐智子を好きなところを答えなかった。佐智子も自分から聞こうとはしなかった。私も聞かれれば即答できたはずなのに、どうして自分から言わなかったのかと考えたが、やはりテレから言えなかったのではないかとしか言えない。今となっては、何とでも言えるのかも知れない。
 結婚してからの私は、朝の日課に新聞を読むことを取り入れた。今までは、朝というとギリギリまで寝ている習慣がついていたが、それでは、ハッキリと目が覚めない。考えてみれば、馴染みの喫茶店では毎日のように店で新聞を読んでいた。新聞とは時間に余裕がある時に読むものだと思っていたからで、それは間違いだった。本当は気持ちに余裕がある時に読むのが新聞、つまりは気持ちに余裕が持ちたくて、馴染みの喫茶店に毎日のように立ち寄っていたのだった。
 新聞など、今までテレビ欄か、スポーツ欄くらいしか見ることはなかった。元々私は新聞を読むというのが嫌いだった。特に新聞を見ている姿を見るのが嫌いだったと言ってもいい。
 子供の頃に、父親が毎朝新聞を見ていた。その時の顔は思い出しても腹が立つもので、朝の喧騒とした雰囲気を思い出すからだった。新聞に目を落とす父親の表情は実に神経質そのもので、ちょっと何かまわりで物音を立てようものなら、オヤジの怒りの一徹が飛んできそうだった。
 実際に母親が重要な話をしようと話しかけると、実に嫌そうな顔で母親をジロリと睨み、母親がたじろいでしまうシーンを何度か見たことがある。子供心にも、
――そんなに嫌なら新聞なんか読まなければいいのに――
 と思っていたが、後から考えれば、朝の雰囲気を一番喧騒とした状態にしているのが自分だということに気づいていなかったのだ。
 しかも、喧騒とした雰囲気になっている状態に自分がまきこまれるのが嫌で、自分の世界を作り上げようとしての行動が新聞を読むことだったのだ。その行動がすべてを形成していることを知らない実に愚かな堂々巡りを繰り返しているに過ぎなかった。
――これを独り相撲っていうんだな――
 と私なりに勝手に理解していた。
 馴染みの喫茶店では余裕を持って読めた新聞も、自分の家で読むようになるまでには少し時間が掛かった。トラウマが抜けるまで時間が掛かったということだが、今でも時折新聞を読みながら考え事をしていることがあった。
 目で文字を追っていたとしても、どうしても文字から内容を想像してしまう。記事によっては想像できないような内容もあるが、そのあたりはなるべくサラリと流すようにしている。
 特に最近は物騒な記事が多い。佐智子がいやなニュースが多いと私に話しかけるのも当然で、私もそれに相槌を打つしかない。そんな朝の光景は今に始まったことではなかった。
 佐智子には結婚前から友達が多かった。付き合っている時からそのうちの数人に紹介されたりもしたが、人当たりのいい人が多い。だが、どうも後になって聞いたことによれば、私と佐智子の結婚に反対だった人は、私と面識のあった人が多かったようだ。
 それでも佐智子は私と結婚してくれた。新婚当初は、私の会社でも自慢の奥さんとしてまわりから冷やかされていたが、私は結婚前に佐智子を同僚に会わせることはしなかった。
 本当は自慢したいのは山々だったが、いやな予感もあった。私が佐智子を会わせることで自慢げになってしまわないとも限らないと思ったからだ。結婚してからであれば、新婚ということで許されることも、結婚前では何と思われるか分からないという思いがあったのだ。
 結婚してからの私は少し変わった。付き合っている頃よりも自分に自信が出てきたというのもあるが、仕事をする上で、やる気が出てきたのだ。その証拠に会社にいる時間が今までに比べて、短く感じられるようになった。
 ただ、それは一日を通してであって、時間帯で区切れば、朝はあっという間なのだが、夕方に近づくにしたがって、次第に時間の感覚がゆっくりになってくる。早く帰りたいという気持ちの現われなのかも知れない。正直な感情が気持ちに表れているのだろう。
 結婚してから、佐智子のことを知っているようで、あまり知らないことに気づいたのは、佐智子がクラス会といって留守にした日曜日のことだった。
 そういえば、付き合い始めてから、日曜日一緒にいなかったことってあまりなかったような気がした。四年も付き合ってきたのだから、その間にクラス会があってもいいはずなのに、一度もそんな話をしたことはなかった。ひょっとして私に気を遣ってくれていたのかも知れないと思うと申し訳ない気分とともに、彼女が私と付き合っている時、今までの友達と疎遠だったのではないかと思えたのだ。
 その日の佐智子は、私とのデートの時とは雰囲気が違っていた。落ち着いた色のスーツにハンドバック、パッと見、他の奥さん連中と変わりがない雰囲気なのだが、私の目から見れば、実に地味に感じた。それだけ私とのデートの時は、おしゃれをしていたということだろう。
 クラス会から帰ってきた佐智子は、ぐったりとしていた。
「楽しんできたかい?」
 と聞くと、それに答えることもなく、冷蔵庫からお茶を出し、グラスに注ぐと一気に飲み干し、それでやっと落ち着いたのか、
「ええ」
 と答えるだけだった。アルコールが入っている雰囲気はなく、どうやら酒を勧められても飲まなかったようだ。元々私も佐智子もアルコールは苦手だが、雰囲気を味わいたいということで、ショットバーに行ったことはあった。軽く飲んでムードを味わう。二人の間であれば、至福の時間であったのだ。
 ショットバーの微妙な明るさが好きだった。いつも二人で座るカウンター、小さなキャンドルをテーブルごとにバーテンダーが置いてくれる。炎が風もないのに揺れているが、相手の顔に映る炎の色にグラデーションが掛かっていて、笑顔が似合う佐智子には、大人の雰囲気をかもし出させていた。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次