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短編集67(過去作品)

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 と答えてくれた。私がこの店の常連になったことで一番感じたことは、新鮮という言葉を一番感じることのできる場所だと思ったからだ。その言葉が返ってきたことで、私の助言もまんざらでもないと感じることができた。それも嬉しかったことの一つであった。
 常連客の時間は楽しかった。夕方顔を出すうちに、毎日姿を見せる人、曜日で顔を出す人と別れていることを知った。私も仕事の関係でなかなか来れない曜日があり、そんな時に来ていたのが、佐智子だったのだ。
 佐智子が現れるのは水曜日。最初、佐智子の存在をまったく知らなかったのだが、毎日来ている常連さんから、水曜日にいつも顔を出す女性の常連客がいることを聞かされた。彼女は、いつも決まった席でまわりの人と会話することもなく静かに本を読んでいるという。
 決まった席というのは、私にもこだわりがあるのだが、何と彼女が決めている席というのが私がいつも座る席だという。そういうこともあって、毎日来ている常連客から佐智子の話が聞かれたのだった。
 佐智子のことを最初から意識していたわけではない。それでも同じ席に違う日に女性が座っていると思えば意識しないわけにはいかない。同じ位置から同じ眺めを見ているのだから、どんな気持ちなのかを聞いてみたい気がした。
 常連客の中にはおせっかいな人がいるようで、その人が私のことを佐智子に話したとういう。佐智子も私のことを意識していないと言って私を冷やかしたが、それは逆に意識していることの裏返しに思えた。次第に会ってみたい気持ちが募ってきたのだが、その機会は意外と早く訪れた。
 私の勤務体制が少し変わったことで、水曜日に顔を出せるようになった。
「おや、珍しい」
 カウンターからマスターの声が聞かれたが、私の視線はいつも自分が座る席に移っていた。
 なるほど、そこには一人の女性が座っていて、背中を向けている。背中を少し丸めているのが特徴的で、やはりカウンターに座ると若干でも背中を曲げて座るようにできているのかも知れない。
 私は、佐智子の一つ席を空けた右隣に座った。佐智子は意識していないのか、私を一瞬見て頭を下げたのだが、すぐに本に目を向けた。その表情は冷たさを感じ、想像していた女性と比べれば、第一印象はあまりいいものではなかった。
 それでも佐智子がこちらを意識しているのは分かった。カウンター越しにマスターが居場所を失ったかのように少し戸惑っているのが分かる。他愛のない話をマスターに投げかけると、助かったかのような顔をして、話に乗ってきた。その時も佐智子は相変わらず本に目を向けていて、こちらを意識することはなかった。
 だが、それも一日目だけのことで、次の水曜日にはまったく違った雰囲気を佐智子からは感じられた。
「こんばんは」
 私が入ってくるなり、すぐにこちらを向いて挨拶してくれた。これにはさすがに私もびっくりさせられたが、悪い気はしない。一瞬戸惑いはしたが、すぐに気を取り直して、彼女に返事をした。
「こんばんは」
 お互いに笑顔が出たのはその瞬間だった。初めて見る笑顔ではないと感じたのは気のせいか、それとも想像通りだったということか、はっきりとは分からないが、私にとって佐智子の印象は一気に好転したのだった。
 学生時代からあまり女性と話をしたことのない私は、何から話していいのか分からなかったが、佐智子は気さくな性格だった。第一印象とここまで違う雰囲気を持った人と私は後にも先にも会ったことがない。私が佐智子に惹かれたのはこの瞬間だったのかも知れない。
 新婚当初、お互いにいつ相手を好きになったのか聞いたことがあった。佐智子はニコニコ笑いながら、決して話してはくれなかったが、私は最初に話した時だと胸を張って言える。少し顔を赤らめながら聞いている佐智子の表情は、あどけなさの残る幼顔であったが、最初に話した時に感じた大人の女性というイメージが残ったままなのは不思議だった。
 話をしてみると、教養のある女性であることはすぐに分かった。ひけらかすわけではないが、言葉の端々に誰も使わないような単語が使われている。それも英単語だったりすると、臆してしまっている自分に気づき、
――この人と付き合うことにはならないだろうな――
 と、感じたものだった。
 それでも常連意識が強いことで、女性相手に初めて友情のようなものが芽生えるのではないかと思い、今までに知っている女性との違いを、肌で感じていることに気づかされた。
 教養のある女性が嫌いというわけではないのだが、男として臆してしまったことで、相手を見る目が自分の中で変わっていた。勝手な思い込みが自分にとってせっかくの機会を失わせるなど、考えてもみなかったのだ。
 人を信じられなくなっていた私に、もう一度人を信じる気持ちにさせてくれたのが佐智子だった。いつも会うのは馴染みの店でだけだったが、最初にどこかに行こうと誘ってきたのは、佐智子の方だった。
 野球のチケットが手に入ったという。
「野球観戦はなさいます?」
「はい、テレビではよく見てますよ」
「実際に野球場まで行かれることは?」
「あまりないですね。会社にもチケットは回ってきますが、野球好きな連中が多いので、なかなか私のところには回ってきませんね」
 と言って頭を掻くと、ホッとした表情になった佐智子は、おもむろにチケットを私の前に差し出した。
「二枚あるんですが、ご一緒いたしませんか?」
 後で聞いた話だが、常連さんの一人にもらったらしい。私と一緒に行けばいいと言うつもりだったが、佐智子は最初から私を誘うつもりだったようで、チケットを渡した人も、満足だったに違いない。野球観戦もさることながら、相手が佐智子だと嬉しいものだ。野球なら、私の方が詳しいはずで、観戦中の解説で佐智子にいいところを見せられるという気分になったのも事実だった。
 最近はドーム球場が主流になっているが、屋外の球場というのも新鮮で、森に囲まれた公園は、球場の表を歩くにはちょうどよかった。試合終了まで観戦していると、帰りが大変ということで、途中で出て、森を歩いた。その時にいろいろな会話をしたのだが、招請についてはあまり覚えていない、歩きながらの会話というシチュエーションに満足していたのだ。
 その時に佐智子の性格を大体把握した。厳しい家庭に育った一人娘と言っていたが、見ていて分かった。あまり男性に逆らうことをしないが、第一印象が毅然とした態度だった理由がそこにあったのだ。なるほど、そう思えば納得できるところが多く、すべてを納得できるようになるまでには、それほど時間が掛からないと思った。
 それでも、交際が四年と続き、その後、結婚というゴールに向かうなど、その時はまったく考えていなかった。
 結婚がゴールであるとは、結婚してしまうまで思っていたことだ。結婚してしまってからの新婚時代、私は、
――こんなに幸せでいいのかな?
 と感じていた。
「結婚は人生の墓場」
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次