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短編集67(過去作品)

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 実はしばらくはすれ違いが続いていた。私がよく立ち寄るのは火曜日で、佐智子は水曜日の常連だった。勤務体制の違いからのすれ違いだったのだが、佐智子の勤務体制が、変わったのだ。そのおかげで火曜日に時間ができた佐智子が見せに立ち寄るようになった。
 最初は、ほかの曜日にも同じような常連客がいることは知っていたが、火曜日の常連客は私一人だ。その状況に私は満足していた。まるで火曜日の夜はこの店の主であるかのような気持ちにさせてくれたからだ。あからさまに主であることを表に出したくない私はさりげなく振舞っていたので、私の気持ちを店の人は知る由もなかったことであろう。
 そんな時、佐智子が火曜日の私の縄張りに顔を出してきた。お互いに常連であることを意識していたのだが、相手が常連であることを知らなかった。自分の態度は気になっても、人が同じ気持ちでいる時の態度にはなかなか気づかないものである。
 私が彼女をほしがっていると店の人が勘違いしたのか、なにやら二人の様子を見せの人たちは気にしてみているようだった。私の中にはあまり意識はなかったのだが、一人だけ露骨な視線を浴びせる店員がいたのだ。
 その人は、女性店員なのだが、私のことよりも佐智子の方を意識していたようで、しきりに私を見つめていた。私を見つめ、すぐにその視線を佐智子に移す。私に対して佐智子への意識を促そうとする意思表示だったのかも知れない。
 これほど露骨な態度はないと感じた私は、元々鈍感なくせにその時ばかりは、女性店員の思いを察知できた。
――余計なことを――
 と心の底で思いながらも、実はその時の私はまんざらでもなかった。佐智子を最初に見た印象は、大人の女性を思わせるもので、私の好みでもあった。学生時代まではかわいらしくて元気な女の子ばかりを求めていたが、社会人になると、落ち着いた雰囲気で、大人の魅力を感じさせる女性に惹かれていくことに気がついたのだ。
 余計なことは、佐智子にも私への意識を向けさせるに至った。しかし、常連であるという意識がお互いに強いのか、自分から話しかけようとはしなかった。特に私は相手が女性であれば、自分から動くことをしない。変なプライドを持っていたのだ。プライドが邪魔をするとどうしても意固地になってしまう。それは自分でも分かっていて、それが短所の一つだと自覚していた。
 私にとって常連客であるということは大切なことだった。自分だけ特別扱いされているような気分になるということもあったが、何よりも馴染みの店を持っているということが自分の中でステータスになっていたのだ。
 学生の頃は余るほどの時間があった。その時間、何をしていたのかと聞かれると、ハッキリと答えることができない。その思いを一番感じたのは就職活動の時で、面接官から、
「君はこの四年間、何を主にしていたんだい?」
 と聞かれた。あまりにも漠然とした質問であることから、たじろいでしまった。他の人も同じだったようだが、それでもたじろぐこともなく、とりあえず何かを答えたという人もいた。
 よく考えてみれば、面接官からしてみれば、答えが何であるかを期待しているというよりも、質問に対して取った学生の態度がどんなものであったかが重要だったのではないかということを後になって思った。それを主食指導の先生に話したところ、
「確かにその通りだね。何をしてきたかというよりも時間をいかに充実したものとして生かしてきたかということの方が大切なのかも知れないね」
 という返答だった。
 我に返ってみると、確かに学生時代に時間を大切にしたという気はしない。時間があまりにもありすぎて、自由という言葉を履き違えてもいた。そこで差がついてしまったのも歴然で、これが今の私のトラウマになっているのも事実である。社会人になって仕事をしていく上で、会社にいる時間は嫌でも集中している。時間を有意義に使っているという意味では、毎日が充実もしてきた。
 馴染みの店の存在は、そんな私にとってオアシスのようなものである。憩いの場所の存在は、自分に自由のありがたさを教えてくれる。自由とは、与えられるものではなく、充実した時間を過ごすことによって得られた残りの時間を有意義に過ごすことのできる権利なのかも知れない。
 最初にその店に入ったのは、先輩と一緒だった。先輩が昼間にランチで利用しているということなので、私も一緒に行ったのだが、ランチタイムはさすがに喧騒としていて、まさかその店が自分の常連になるなど考えてもみなかったのだが、残業なしで仕事が終わった時、帰りに本屋に寄り文庫本を買ったのだが、どこかで読んで帰ろうと思い、思いついたのがこの店だった。
 店の雰囲気は昼間とは一変していた。少し調度を落とした店内は、常連客と思しき人が本を読みながら、カウンターでコーヒーを飲んでいる。その後ろ姿には何か懐かしいものを感じたのだが、常連客になってみたいと最初に思ったのは、その時だった。少し背中を丸めて元気がないように思えたが、決して疲れているわけではない。店の人との会話になると、その目が輝いていたからだった。
 時間帯によってその様相が変わる店というのも私にとっては新鮮だった。しかも夕方の時間はのんびりしていて、客のほとんどが常連客というのも嬉しかった。自分もその仲間入りをしたいという新鮮な気持ちが芽生えたのも当然のことであり、店の人たちも私のそんな気持ちが分かったのか、積極的に話しかけてくれた。
 常連客のほとんどが私よりも年上であるのはありがたかった。それもそのはず、近くに商店街があるのだが、常連さんのほとんどは、商店街に店舗を構える店長さんたちのようだった。
 時間を見つけてこの店で自分の仕事をしている人もいるし、憩いの場として利用している人もいる。それぞれに自分の顔は他に持っていて、ここでは自由な自分だけを連れてきているという雰囲気だ。それが新鮮に見えたのだろうし、その人たちからも、若い私を新鮮に感じてくれたのか、常連の仲間入りをした私を暖かく迎えてくれたように思えた。
 常連になってからすでに二年が過ぎていたが、最初の一年間は結構長く感じた。それでも経ってしまえばあっという間、気が付けば二年目に突入していた。常連としてゆっくりとした時間を過ごせる場所としては一年目と何ら変わっていないが、本を読む時間に使うようになったのは、二年目になってからだ。
 店の人との話は、毎回話題が違う。私から提供する話題というよりも、店の女の子からの話題が多いからだ。学生アルバイトの女の子には、結構話題があるようで、自分の学生時代から比べれば、かなり充実した生活を送っているのだろう。一番学生に近い年齢の私に話をするのも当然であり、私もなるべく答えてあげるようにしているが、果たして期待に沿える答えかどうか、私には自信がなかった。それでもしっかり聞いてくれていることが嬉しくて、
「私のするような助言でいいのかい?」
 と聞くと、
「はい、とにかく新鮮な意見を聞きたいんですよ」
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次