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短編集67(過去作品)

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 理恵子も、これが旅先でなければ、無視していただろう。何を言われても無視していたであろうし、まず相手の目を見ようとはしない。今の理恵子は彼の顔をじーっとしている、相手も理恵子を見返している。新鮮な感覚に陥ったのは、目と目で会話をしているような気がしたからであった。
「少し表を歩いてみませんか?」
「いいですわね」
 露天風呂の横から少し入ったところに滝があるという。昨日男二人で見たのだが、その時から、彼は理恵子と一緒に見たいと思っていたと口にした。
「あら、お上手なのね」
 そういうと、彼の顔が一気に真っ赤になった。そして、それを見ると理恵子も自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。まるで大人のオンナのような言い方ではないか。相手がそれを聞いて恥ずかしがっているのは、そんな言葉を想像していなかったからであろう。彼であれば想像していなかったことは考えれば分かることで、そこまで考えの及ぶほどの男性であれば、ナンパも慣れているはずからである。自分の見る目が浅かったことを示すような意識をしたくはなかったのだ。
 滝はあまり大きくなく、そのわりに水の勢いが激しいせいか、水飛沫が上がっている。水飛沫をよけながら歩いていたが、足元は相当にドロドロに濡れていた。
 歩きにくいところに、彼は浴衣に下駄と、理恵子を支えるには自分の方が不安定であった。
 滝の轟音に話し声も途切れがちだが、彼の滝を見つめる顔を見ていると、純粋な性格が見て取れるようであった。
――今までにこれほど男性の横顔に集中したことなどあったであろうか?
 なかったことに気づくと、目が離せなくなっている自分に気づいた。この旅行で理恵子は何かを見つけたいと漠然と思っていたが、その一つを見つけたような気がした。やはり、自分には男性が必要なのだという意識だった。
 佐奈子のように、すでに何にもの男性と付き合ってきた女性でも、きっと最初は今の理恵子のような気持ちになっていたに違いない。
――まだ十八歳だというのに――
 と考えると、もう一人の自分が、耳元で、
「もう十八歳なのよ。今まで経験がなかった分、これからたくさんの恋をすればいいのよ」
 と語りかけてきた。
 心の中の叫びだった。寂しいと感じることはあっても、どこからくるものなのか漠然としてしか分からなかったが、それは男性というものを知らなかったからだ。これから本当の寂しさを知ることになるだろう。そう思うと理恵子には佐奈子の人生を見つめていきたい気がしてならなかった。それが将来の自分を暗示しているかも知れないからであったのだ。
 理恵子はその男、名前を桜井哲郎というが、桜井に対して好感を持った。どこがいいというわけではないが、全体的に優しかった。普段から男性と接することもなく、どちらかというと、姉御肌の佐奈子といつも一緒にいることで、優しさに飢えていたのかも知れない。
 桜井の優しさは、そんな理恵子の気持ちを察してか、同じ優しさでも下手に出る優しさだった。理恵子の気持ちは有頂天になり、まるで自分が女王様になったような気分に酔いしれるのだった。
 旅行から帰ってきても、今までどおり佐奈子とは接していたが、少しずつ気持ちをスライドさせることを覚えるようになっていった。今までであれば、一つのことに集中していると、他のことはまったく見えない状態だったのを修正させたいと感じていた。
 だが、即席でそんなことができるはずもなく、すぐに佐奈子にばれてしまう。しかし、その時佐奈子も、桜井の知り合いと恋愛関係だったこともあって、あまり強く言えないという弱みもあった。
 佐奈子は自分がいったん弱みを見せてしまうと、その弱みの元になる原因が排除されても、その影響は自分の中に残ってしまう、それを自分でも分かっていて、どうしようもなかったのだ。きっとそれこそ佐奈子の中での「こだわり」のようなものがあるのだろう。それが佐奈子のいいところでもあり悪いところである。佐奈子の最大の特徴と言ってもいいかも知れない。
 理恵子は佐奈子のそんな性格を知っているつもりだったが、今までは不思議と理恵子に対してはその性格をあらわにすることはなかった。
 それだけに佐奈子が何を考えているのか、一番自分が分かっているつもりだったが、本当は分かっていないのかも知れない。佐奈子の性格は一直線なので、他の人には見えることも分かっていると思ってしまっている以上、誤解があるとすれば理恵子にあるのだろう。
 そのせいもあってか、理恵子を見る佐奈子の目が少し冷めてきているように思えた。
「どうして、そんな冷たい目をするの?」
 女王様に見捨てられかけている召使いのように、理恵子は佐奈子にすがってみたこともあった。
「自分の胸に聞いてごらんなさい」
 と言われてハッと感じた。
 理恵子は佐奈子と一緒にいる時は桜井の存在を忘れていた。いや、忘れようとしているだけで、どこか上の空になっていることに気づかなかっただけなのだ。
 桜井という男はあくまでも理恵子を立てようとしている。その態度は会った時からまったく変わらない。理恵子を有頂天にさせてくれ、さらには自分がオンナであることを教えてくれる。
 桜井によってオンナの喜びを教えられた理恵子、佐奈子にも同じ時期があったはずなのに、どうして自分に訪れたこの機会を邪魔しようとするのかとしか感じなかった。
 佐奈子は理恵子の邪魔をしようとしているのではないかも知れない。そのように感じるのは理恵子の被害妄想で、被害妄想を持つということは、それだけ桜井とのことを大切にしたいからで、佐奈子との関係はその次だと思っている。それを勘のいい佐奈子に看破されたに違いない。
 桜井は、甘え上手だった。理恵子の母性本能をうまくくすぐっている。その気持ちを態度に表しても、理恵子には悪い気がしないことは桜井の計算の中にあった。思ったよりもしたたかな男であることを理恵子は分からなかった。
 したたかという言葉を理恵子は分からない。したたかという言葉と冷徹という言葉が同意語だというくらいに感じていたのだ。甘え上手な桜井はどう見ても冷徹ではない。それだけにまったく桜井という男を分かっていなかったのだ。
 もちろん最初は理恵子の第一印象のような男だったに違いない。優しく甘え上手なところが自分を女王様の気分にさせてくれる。それ以上はないという気持ちだ。
 しかし、桜井はどこか冷めた目を持っていた。金の都合を切り出すことはなかったが、どこか女性を利用しようという気持ちがあるのだ。元々利用価値のない女の前には現れないタイプなのだが、理恵子のどこに利用価値があるというのだろう。
 佐奈子は桜井に直接会っているわけではないが、何となく分かっているようだった。
「私、旅行で知り合った男性とは別れたわ。あの人ったら、女性を利用することしか考えていないような人でね」
 佐奈子のその言葉は、理恵子の心には残念ながら響かなかった。
「えっ、そうなの?」
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次