短編集67(過去作品)
一人になると解放感がある。元々佐奈子と一緒に来たのも、佐奈子とであれば、一緒に来ていながらお互いに解放感が持てるのではと思ったからだ。実際に一緒にいても何を考えているか分からないところがある佐奈子は、話が盛り上がっている時以外、それぞれが自由な立場を尊重してくれた。
願ったりかなったりである。今まで旅行に行くのも一人が多く、一緒に誰かと旅行に行くなど、想像もつかなかった。
他の友達も分かっているのか、理恵子を誘うことはなかった。誘ってくれたのは、佐奈子が初めてだった。
佐奈子が最初に誘ってくるなど意外な気がした。一緒にいることが多い二人であったが、お互いのプライバシーに関しては決して踏み込まないのが暗黙の了解だった。他の人であればプライバシーに踏み込むのと一緒に旅行に行くことは切り離して考えられたが、佐奈子との場合は同じ観点から見えたのだった。それだけに、話を聞いた時平静を装っていたが、どれだけ相手に伝わったか分からない。さぞや、意外だという顔をしていたに違いない。
ロビーまで来ると、誰もいなかった。
――私ったら、何を考えているのかしら?
一人でいることが多く、誰かといるとすれば佐奈子だけなのだが、男性が気になるわりには、意識したことはあまりない。
なぜなのだろうと思っていたが、この旅行に来て分かったことがあった。それは、理恵子が佐奈子に男性の雰囲気を感じているということだった。見た目妖艶で、どう見ても女性にしか見えないことで今まで感じなかったのだが、佐奈子の頼りがいのあるところや、孤独を好んだりするところは、理恵子が佐奈子を見て感じたこととして、女性が男性を見る目だったのだ。だからこそ、この旅行に来るのも違和感がなく来ることができたのかも知れない。
本当は男性を求めているくせに、どこか怖い気持ちがあり、求めるものが限りなく近い相手が女性であれば、安心もするというものだ。
この時、理恵子には分からなかったが、実は佐奈子も理恵子に男性を感じていたのだった。
佐奈子も孤独を感じながら男性を求めている。それは何となく分かっていたのだが、理恵子が佐奈子を見ていて時々居たたまれなくなることがあった。それは、佐奈子が求めているものが男性であると分かったからだ。
だが、そんな佐奈子が女性の中でも自分を友達に選んでくれたことが嬉しくて、居たたまれない気持ちになることがあるのを差し引いても、佐奈子から離れられない自分がいるのだ。
もし、その視線の先に理恵子を男性として見ていると知ったら、どうだろう? 佐奈子には死んでもそれを告白することはできない。究極のカミングアウトなのであった。
理恵子は、佐奈子に対して自分が佐奈子を男性のイメージで見ていることを悟らせようという意識があった。限りなく無意識に近かったが、それは無意識にでもそのことに気づいたからで、気づいたためにその通りにしなければならない宿命のようなものを負ってしまった気がしたからだ。
佐奈子がいない間に一人になりたいと思ったのは、そんな気持ちを確かめたく、自分が女性であることを意識したかったからだ。そのために、他に泊まっている男性がいることを思い出した理恵子は、自分が彼らを見てどのように感じるかということを、自分なりに確認したかったのだ。
ロビーで一通りお土産物を見て、
――さて、お部屋に帰ろうか――
と思った矢先であった。
ロビーから出てすぐ、男の人と鉢合わせになった。それはまさしく出会いがしらで、相手も驚いていた。
相手は男性一人で、お互いに驚いた顔を見せたそのあとに、すぐ表情が和らぎ、今度は笑い始めたのだ。それも微笑むわけではなく、人目もはばからずの大笑いであった。
理恵子も、それにつられて声を出して笑い始めるのを、寸でのところで堪えた。いつもの理恵子であれば、旅行という解放感から笑ってしまうに違いないが、なぜかその時は堪えたのだ。
――どうして堪えることができたのだろう?
いろいろと考えてみたが、やはり佐奈子の存在が大きい。
――佐奈子ならこんな時――
と自分を佐奈子に置き換えて考えてしまうのだった。
佐奈子なら冷静に対応するはずだというのが、すぐに思いついた発想であるが、さらに考えていくと、妖艶な雰囲気が醸し出されてくるような気がした。それは決して同性には見せない表情で、男性だけが見ることができるものだろう。
――でも――
理恵子にはその表情が想像できるようだった。他の女性には見せない表情も理恵子にだけは見せているということである。
それはどういうことであろうか?
――私を特別な女性として見ているということなのか、それとも、初めから男性をイメージして見ていたということなのか――
あくまで想像にすぎないが、想像を超えた妄想のようにも思える。妄想は想像と違い、自分の中の願望が大きく影響しているものである。
自分の願望とは何だろう? 理恵子が佐奈子をどう見ているかを深く考えてこなかったのは、自分の中に妄想を含んだ想像があることに気づいていたからだろうか。それも佐奈子の理恵子を見つめる目がいつの間にか違ってきていることに気づき始めてからのことであった。
目の前にいる男性は見覚えがあった。そう、確か昨日ここに向かうバスの中で一緒だった人だ、でも、他にもう一人いたような気がする。二人は話もせずにそれぞれバスから表を見ていた。一緒にいると言っても、
――二人は友達ではないのかな?
と感じさせるもので、二人を見ていて、自分と佐奈子も考えてみればバスの中ではほとんど口を利かなかった。彼らから見ても二人の女性は不可思議に見えたかも知れない。それほど広いわけではないバスの中で、運転手を覗く男性、女性それぞれの二人組は、異様な雰囲気を作り出していたに違いない。
「昨日、バスの中で一緒だった方ですよね?」
「ええ、そうですよ」
「おひとりで、お土産ものをみていらっしゃったんですか?」
「ええ」
ありきたりの会話から入ったが、相手の男性は、緊張しているかのようだった。あまり女性と話をした経験などないのだろう。理恵子もあまり男性と話をしたことがないためぎこちないが、なるべくそれを知られたくないという思いから、わざと毅然とした態度で答えようとしている。却ってそれがきつく見えるのではないかとも思ったが、相手はそれを感じることもないほど緊張しているようだった。
――何となく、かわいらしいわね――
思わず微笑ましく感じられた。
「友達はどうしたの?」
「彼は、まだ寝てます」
本当に寝ているとは思えなかった。どうやら、彼らの目的はナンパにあるのは、その表情を見れば分かった。
理恵子もそれを承知で話に乗っていた。今までナンパなどされたこともなく、彼氏がいたこともない。男性を意識していなかったわけではないが、彼のように緊張している姿を最初に見てしまうと、情が移ってしまったのだ。
相手に悟られるほどの緊張ということは、それほど慣れているわけではないのだろう。旅に出たという解放感から、このような行動になっているのかも知れない。
作品名:短編集67(過去作品) 作家名:森本晃次