負のスパイラル
しかし、架空だと思って見る分には面白かった。怪談話やホラーなどは、プロが作った作品であれば興味を持つが、逆に素人の話に関しては冷めた目でしか見ていない。本当なら素人の話の方が現実味がありそうな気がするのが普通なのだろうが、蓮はリアルさを感じない。最初から疑って聞いてしまうからだ。
蓮が興味を持ったホラーを、睦月はあまり好きにはなれなかった。ホラー自体が嫌いなわけではない睦月だったが、その作品はなぜか好きになれなかった。
サイコホラーではあったが、それまでの蓮であれば、好きになりそうもない話だったことが睦月には不思議だった。
その話はストーリー性を感じさせないもので、インパクトだけが中心の作品だった。脚本があるから作品になっただけで、この作品を小説として表現するのは無理だと睦月は思っていた。
蓮も同じように思っていたが、蓮はその、
「見た目」
を重視した。
これまでの蓮からは考えられないことだった。なぜなら、
「数字で割り切れないものはない」
と思っていた蓮には、キチンとした原作に基づく作品でなければ、映像化しても面白みがないことを分かっていると思ったからだ。
だが、こんな作品に興味を持ったのも、中学に入って数学に疑問を感じ始めたことも一つの理由ではあったが、もう一つ理由があった。
その理由というのは、
「原作を先に読んでしまうと、映像化された作品がどうしても劣化して見えるからだ」
というのが彼女の奥に秘めた理由だった。
そのことを最初蓮は想像もしていなかった。原作と映像化された作品の比較については感じていたが、そのことが原作のない作品を愛でる結果になるなど、考えてもいなかったのだ。
中学時代の蓮は、自分でも分からないほど、感受性が一定していなかった。
「情緒不安定なのかも知れない」
と思うほど、自分の感性が時として別のところにあったりしたのである。
ただインパクトだけの作品に見えても、よくよく考えると惹きつけられた内容には、ちゃんとした根拠があった。それを口では一言で言い表すことができないため、そんな作品のことを、
「インパクトだけの作品」
という表現でしか表すことができないのかも知れない。
睦月はそんな蓮を見ていて、
「よく分からない時がある」
と思うようになった。
実際には、よく分からない時があるというよりも、
「分かる時がたまにある」
と言った方が正解なのかも知れない。
それでも、分かっている時の方が多いと思うのは、
「蓮でなければ自分の強引な性格を分かってくれない」
という思いからだった。
さらに蓮の考えが分かる時があるのは、
「自分以外にも、蓮の気持ちを分かっている人がいる」
と思うからだった。
その人はさほど遠い存在の人ではない。睦月にもまんざら関係のない人ではないような気がした。
しかし、その人が誰なのか分からない。今後も分かることはないだろう。分かってしまうとそれまで感じていた蓮への思いは消えてしまい、ただのクラスメイトでしかなくなってしまうと感じたからだった。
睦月は蓮が睦月のことを考えているほど、蓮のことを考えていない。いつも助けてもらっているという思いがあり、感謝しているのだが、感謝の気持ちが強いだけに、本当に相手を思っているのかどうか、自分でもその気持ちの全貌を分かることはなかった。
そんな思いがあるからか、蓮が好きなものへの反発を感じるようになった。蓮の成績が落ちてきて、自分の考えを制御できないでいるように見えた時、それまで睦月の中でベールに包まれていたものが見えてくるような気がした。
それは今まで、
「そんな蓮など見たくはない」
と感じていたことであって、感じてしまえば最後、蓮のことを冷めた目でしか見えなくなるのではないかと思っていたことであった。
超自然的なことを嫌うようになった蓮であったが、時間差を置いて、睦月も同じように超自然的なことを嫌うようになった。
それは蓮のような妖怪や幽霊のたぐいではなく、催眠術やマジックのような、
「人間の手によるもの」
であったのだ。
一度蓮との会話の中で、
「私は超自然的なことが嫌いなの」
と蓮が言ったことで、
「私もなのよ」
と、お互いに言った言葉が違うものを差していることに気付かず、睦月はそう言った。
そういう意味で睦月は妖怪やお化けのたぐいは怖いとは思っていなかった。
「そんなものは存在しない」
という持論があるからだ。
「何でも数字で割り切れる」
と思っている蓮の方が、非科学的なものを怖がっていて、あまり数字にこだわっていない睦月の方が、非科学的なものは信じないという反比例した面白い考え方を持っていた。
その考えに最初に気付いたのは睦月だった。
蓮のことを親友だと思ってはいたが、二人のそんな奇妙な関係についてはあまりいい気分ではいなかった。むしろ気持ち悪いと思っているくらいで、最初の方は蓮がそのことに気付いていなかったので、睦月も余計なことを考えないようにしていた。
しかし、蓮もそのことに次第に気付いてくる。
「私たちって面白いわよね」
と蓮が言い出した。
「というと?」
「だって、私は数字で割り切れることばかりを考えているのに、お化けのような非科学的なことを怖がっている。きっと信じているからなのよね。でも、睦月は数字にこだわりがないくせに、お化けのようなものをまったく信じていないでしょう? 性格的に割り切っているというべきなのか、そう思うと、面白いのよね」
と蓮がいうと、
「そうかも知れないわね」
と睦月は答えたが、その心中が穏やかではなかった。
蓮は気付いていなかっただろうが、その時の睦月は歯ぎしりをしていたに違いない。蓮の言葉を噛みしめながら、
――何を言っているの――
と、声にならない叫びを浴びせたかった。
睦月は蓮のことが嫌いなところをあまり感じたことはなかったが、その時に初めて蓮に対して憤りを感じ、嫌いなところを見つけた気がした。
この思いは得てして、好きな相手に対して抱く特有のものではないかと後になって感じたが、その時はわけもなくこみ上げてきた怒りの矛先をどこに向けていいのか分からず、ただ、
「もう余計なことは言わないで」
と思わずにはいられなかった。
蓮と睦月、どちらが女の子っぽかったのかというと、それぞれに相手の方が女の子っぽいと感じることで、お互いに自分の中の女の子の部分を打ち消していることに気付いていなかった。
中学に入り思春期を迎えると、まわりの女の子は男子のことを気にし始めて、男子も女子の目が気になるのか、露骨に意識し始めた。
しかも、男子の顔に浮かんだニキビというか吹出物のような気持ち悪いブツブツを見ていると、気持ち悪いという他には表現のしようがなかった。
「あんな男子を気にするなんて、本当に気持ち悪いわ」
と、蓮は思ったことを堂々と口にしていたが、
「そうね。その通り」
と睦月は感じていたが、それを口にすることはなかった。
――もし、蓮が最初に本心を口にしなかったら、きっと私が口にしていたんだろうな――
と睦月は思っている。