負のスパイラル
「誰でもいいから一人くらい自分と話ができる人がほしい」
と思うようになっていた。
そんな時に目の前に現れたのが蓮だった。
蓮が現れたのが絶妙のタイミングだったのだが、それは偶然ではなく、蓮の計算の中にあった。
親との確執、そして先生の彼女からの逃避、じっと見ていれば、睦月の気持ちが手に取るように分かってきた。
しかし、睦月と仲良くなるには、
「実に狭いタイミングをかいくぐって、相手に自分を信用してもらわなければいけない」
と感じるようになった。
蓮の目は確かで、その実に狭いタイミングを逃さずに蓮は睦月と仲良くなれた。蓮にとっても睦月と仲良くなれることは自分にとってプラス以外の何物でもないことは分かっていたことだった。
蓮はあまり細かいことを気にするタイプの女の子ではない。ただ、ポジティブというよりも天然と言った方が正解で、下手をすると、無知な部分が自分の首を絞めることになってしまうような性格だった。
それでも、彼女の明るさはまわりに癒しを与え、今のところその性格で損をするということはなかった。だからまわりからも慕われてはいたが、
「彼女は運がいいのかも知れないわね」
と言われていた。
何に運がいいのか、そこに主語をつけなくても、皆分かっていた。そういう意味では分かりやすい性格であり、他の人にはないものを蓮は持っているとも言えた。
そんな彼女の特徴はやはり、
「冷静にものを見ることができる」
ということであろうか。
意外とその性格を知っている人は少なく、睦月はもちろんのことだが、知っているとしても勘がいい数人くらいではないだろうか。先生も親も蓮の性格を分かっていない。
「あの子は何を考えているのか」
と親からも言われている始末だった。
そんな蓮が一度だけ家出をしたことがあった。三日間ほどで家に帰ったのだが、その時親から、
「あんたどこに行ってたの?」
と叱責されても、蓮は何も言わなかった。
親は娘が叱られると思い、何も言わないと思いこんでいたので、あまり深く追求しなかったが、本当のところは本人も覚えていないのだ。
親の方とすれば、
「娘が家出した」
と思っているようだが、当の本人は、
「家を出たその日の夕方に普通に帰ってきたつもりだったのに」
と思っていた。
それを正直に話しても、
「何をバカなことを言っているの」
と、まともにうてあってくれないことは分かっていた。
火に油を注ぐようなことになるのは分かりきっていることなので、
「それくらいなら、少々嫌われても何も言わない方が賢明だ」
と思ったのだ。
それは正解だった。下手にいろいろ言っても、言い訳にしか取られないだろう。それは自分の親だけではなく、きっと誰が聞いてもそう思うに違いなかった。もちろん、自分が親の立場でも同じだろうと思うと、もう一言も言えなくなったのも当然のことだった。
「本当におかしなことだわ」
あれは、蓮が小学五年生の時だった。
普段から天然で、あまり悪いことを考えることのなかった蓮だったが、その頃、自分でもよく分からない、
「嫌な予感」
というのが脳裏をよぎっていた。
それがどこから来るものなのか、そしてどこに行こうとしているのかも分からない。理由もなく嫌な予感がしただけだということなのだが、こんな経験は生まれて初めてだった。
もし、本音を話せる人がいれば、その気持ちを打ち明けて、
「そんなの、誰にだってあることよ」
と言って、笑ってくれただろうが、誰からも慕われてはいたが、絶えず孤独だった蓮には心を割って話せる親友はまだいなかった。人から相談されることはあっても、一方通行で、自分からの相談はできないことに憤りは感じていなかった。
「こんなものよ」
と思っていたからである。
小学生の頃は、皆平等に近かった。突出した才能を持った人がいたわけでもなく、成績に差はあっても、大した差ではなかった。年齢的な関係は仕方がないとしても、上下関係など存在しない。そんな状況を無邪気に楽しんでいる時期だった。
その頃は苛めもなければ、差別もない。平穏無事な時期ではあったが、それぞれの個性が見えてくる環境ではなかった。そういう意味では、無邪気な時期だったと言えるのではないだろうか。
蓮はその日学校を出てから、一人で家に帰っていた。友達は放課後運動場で遊ぶのが日課だったが、蓮はそんなことはなかった。誘われることもなかったし、自分から参加する意思もなかった。
五年生のある日から、
「私、塾に行きたいんだけど」
といきなり親に言い出した。
蓮の家庭は裕福でこそなかったが、中流階級の平均的な家庭だったので、別に娘が塾に通うくらいの月謝には困らなかった。
それよりも、あまり自己主張をしたことのない娘が自分から塾通いをしたいと言い出したことの方が嬉しかった。
「それはいいわね。お母さんは賛成よ」
と言ってくれた。
父にも相談してくれたようで、別に反対もなく、塾通いすることになった。
その時の蓮の思いとしては、別に勉強が好きだったわけでもなく、友達が行くからというような理由でもなかった。どうして自分が塾に通いたくなったのか、実のところ蓮も不思議で、親に話をした時は確かに塾通いを切望していたはずなのだが、実際にその思いが叶ってしまうと、今度は急に冷めてきて、後悔はしていないが、
「どうして塾通いなど言い出したんだろう?」
と、自分で言い出したにも関わらず、その時の自分がまるで自分ではなかったかのように思えてならなかった。
当時は受験戦争という言葉が全盛期で、中学受験のために、小学生の頃から塾通いをする生徒が増えていた。以前は、
「勉強が遅れている生徒のため」
という理由での小学生に対する塾だったのが、急に変わってきたのだ。
塾に通うようになったことを後悔した蓮だったが、実際に通ってみると、自分に合っているような気がしてきた。人と競争することなど意識したことのなかった蓮は、勉強という形で競争し、成績という形で結果が生まれることに快感を覚えるようになってきた。成績が上がるたびに順位も上がる。こんなに気持ちのいいものだったのかと、自分でも不思議に感じていた。
しかも、塾が増えてきたとはいえ、まだまだクラスの人が通ってくるほど生徒にも蔓延してきたわけではない。塾が反映してくると、今度は学校が反発してくる。
「勉強は学校ですればいいだけで、小学生のうちから受験戦争に巻き込むのは早すぎる」
というのが、学校側の言い分で、
「まだまだ小学生、遊びたい時期なのよ」
と、学校側に賛同する親と、
「いいえ、いずれは受験戦争が待っているの。早いうちから勉強に慣れさせておけば、将来の受験戦争に打ち勝つことができるのよ」
という親とに別れ、意見は真っ二つだった。
そういう意味で、マスコミの注目度だけが先行し、実際の塾運営は、まだまだ生徒不足の状態だったようだ。運営できなければすたれていく運命でしかないので、経営者側は塾生獲得に躍起になっていた。