負のスパイラル
そんなあからさまな態度に睦月は、
「本当にあなたは分かりやすい人。そんなあなたが親になるなんて……」
と睦月がボソッと小声で言ったが、
「えっ?」
蓮はそれを聞いて、驚いたようなリアクションだったが、あまり大げさではなかった。
聞こえていなかったものを、なりゆきとその場の雰囲気だけで驚いて見せたのかも知れない。
――これがこの人の悪いところなんだわ――
と睦月は感じた。
だが、まだ思春期に入ったばかりの女の子にそれ以上のことを求めるのは酷な気がしたが、睦月は言った。
「将来、後悔することになるわよ」
「どういうこと?」
「大人の世界の事情は子供には分からないってこと。ゆっくりでもいいから、少しでも未来をよくしたいという意識を持ってくれると、いいと思うんだけどな」
と睦月は言った。
ここまで話してくると、さすがに蓮も何かおかしな感覚になってきた。
「なんだか、睦月。あなたは未来のことが分かっているみたいね。それにさっき今を二十五年後の未来だって言ったけど、私には信じられないわ」
「それは仕方のないことよね。でも、本当に信じられない? 未来になればなるほど文明は開けていくのよ。そう考えれば二十五年先には今はないタイムマシンがあったとしても不思議ではないでしょう? いえ、タイムマシンではなくても、人間の奥に潜在している能力を引き出す機械が開発されて、その人の中にタイムスリップができる能力があったとすれば、未来人が過去の人に出会うということも十分可能なのではないかって思わない?」
睦月の言っていることにも一理あった。
実際に蓮も睦月の思っているような発想を感じたことがあった。最近よく感じるデジャブも、自分の中にある、いまだ理解できていない未知の能力によるものだって思えば、理解できないこともないような気がしていた。
「あなたはどうして私の前に現れたの? 私の親友の睦月とは違う人なの?」
「私はあなたの親友の睦月でもあるわよ。ただし、それはあなたの意識の中だけの存在のね」
「どういうことなの? まるであなたは私の記憶の中だけで生きている人みたいな言い方ね」
「そうよ、あなたの意識を操作したの。でもこれは科学の力によってではなくて、催眠によるものなのよ」
「あなたが掛けたの?」
「いいえ違うわ。あなたが潜在意識の中で感じたものが映像として現れたのよ」
「じゃあ、私の中にある睦月の記憶というのは、全部虚空のものだっていうこと?」
「そうじゃないわ。あなたには確かに親友と言える友達がいた。でも、それはあなたの描いた虚空の存在ではなく、本当にいたのよ。それをあなたは自分に催眠を掛けることによって徐々に私とかぶらせてしまった。もちろん、私という人間のイメージは抱いていたわけではないから、人から植え付けられた部分もあるんだけどね」
「その私にイメージを植え付けた人というのはあなたなの?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ、誰なの?」
「それはあなたが出会った道化師の人よ。あの人はあなたとは何の関係もない人だったんだけど、あなたに催眠術を掛けることであなたの潜在意識が目覚めた。その潜在意識の中には予知能力があり、あなたが将来持つ子供のイメージを自分で作り上げたのよ」
「え、じゃあ、あなたは私の?」
「そう、娘なのよ。あなた、いいえ、お母さんが私を生んだ時、どんなに喜んでくれたかということを私は知っているわ。私にはタイムスリップできる力があって、その力で私が生まれた時を見てきたからね」
「そんなに喜んでいたの?」
「ええ、でも女性が母親になる時って、誰もが同じような気持ちになるものだって、私は思うの。でも次第に子供や家庭が億劫になってしまう人もいる。自分が弱いからだって思っている人が多いようだけど、私は違うと思うの」
「どういうこと?」
「それは自分で自分を抹殺しようと思うからよ。自分に自信が持てなくなって、逃げに走ってしまう。自分で自分を抹殺する気持ちになるのが一番楽なのかも知れないわね。人と関わりを少しでもなくしてしまえば、余計なことを考えないで済む。その思いが現実逃避に繋がり、夢も希望も放棄してしまう。人間なんて自分を捨ててしまえば、生きていくだけなら何とでもなるんじゃないかしら? しかも、ちゃんと家庭もあって仕事もあれば、仮面を被って生きていくことさえ厭わなければ、本当に何とでもなるって誰もが思っているから、今のような世の中になったのよ」
「今と言っている世界がどんな世の中なのか分からないけど、私はそんなに変わっていないような気がするわ」
「どうして?」
「あなたを見ていれば分かるもの。睦月という女の子と親友だった意識と今のあなたはまったく違わないと思うからよ」
「……」
娘は言葉に詰まった。
「あなたがこの世界にやってきたということは、今の私に何かあって、あなたの時代にそれが及んでしまうことが分かっているので、何としても阻止しないといけないという思いなのかしら?」
「SF小説などでよくあるパターンのお話よね。でもそれは少し違っているわ」
「どういうこと?」
「お母さんは、これから自己催眠を掛けることで、催眠術に陥るの。でもその催眠術は自分でないと解けないものなんだけど、その催眠というのが、あなたたちの考えている催眠とは少し違っているのよ」
「お母さんの催眠術には段階というものがあって、同じ時間を繰り返しているように感じるようなの」
「それってSF小説で読んだことがあるけど、リピートと呼ばれるものなのかしら?」
「ええ、そうね。一度通ってきた時代にもう一度赴くという作用。それをリピートと言ってもいいわ。でもリピートには意識してのリピートと、意識しないでリピートする人がいるの。お母さんは意識してのリピートなのよ」
「じゃあ、未来を知っていながら過去に戻るということは、危険なことがあったら避けることができるし、逆にいいことを知っているわけだから、何とでも未来を変えられるというわけね」
「そう、でもそれはポジティブにモノを考えることができる人だけができること。お母さんにはそんなポジティブ性が自分にあると思って?」
言われてみると、自分にはできっこないと思った。
「でしょう? リピートを意識してできる人にポジティブな人はいないの。本当に世の中ってうまくできているわよね」
「じゃあ、私は本当にネガティブにしか考えることができないということなのかしら?」
「そういうことね。だからリピートができる能力というのは、お母さんにとっては悪いことでしかないの。このまま行けばお母さんは自己催眠を掛けてしまう。一度掛けてしまうと自分でしか解くことができない。解くことができるのはポジティブな考え方の人でしかない。つまりは負のスパイラルというわけなの。悪循環がお母さんの中で自分を苦しめることになり、それが影響して私が生まれることになるのよ」
「え? じゃああなたは生まれてはいけない人なの?」