負のスパイラル
「そうじゃないの。本当は私はお母さんの親友の睦月さんなんだけど、このままお母さんが負のスパイラルに乗っ取られてこのまま成長すると、私が生まれてしまう。私は生まれ変わることになるんだけど、そうなると、お母さんの親友である睦月はこの世から消えてしまうことになる。それは世の中の矛盾に繋がってしまうので、そうなると、私の存在が宙に浮いてしまうことになる。生まれては来るんだけど、また同じようにあなたの親友の睦月としての運命からは逃れられない。つまりは今度は私が負のスパイラルを背負うことになってしまうの」
「ということは、あなたの運命を私が握っているということ?」
「ええ、そう。でもね、同じような事例は私たちだけに限ったことではないの。人にはたくさんの運命があって、それによってたくさんの可能性がある。それも無限という可能性ね。お母さんは、最近道化師を気にしているでしょう? 他の人には道化師は見えていないのよ。だから道化師が気になり始めると、その人は負のスパイラルを背負っていることになる。だから今回は私が道化師を演じたの。お母さんに一番近い人で、運命を担っている相手だからね」
娘の言っていることが分かるようで分からなかった。
「じゃあ、祐樹君はどういうことになるの?」
「祐樹君というのは、お母さんの将来の旦那様。つまりは私のお父さんになるのよ。このことは運命に変わりはないの。お母さんの運命はほとんどが間違った方向に進んでいるわけじゃないんだけど、ちょっと踏み外すと、お母さん以外の人の運命が変わってしまう。本当は相手にそのことを意識させずに未来の人が先祖の運命を変えるのは普通なんだけど、私の場合はお母さんの目の前に現れなければいけなかった。それはお母さんが自分の掛けた催眠を自分でしか解くことができない人だからね」
「そうなんだ」
「じゃあ、私は一体どうすればいいの?」
と聞くと、
「お母さんは何もしなくてもいいのよ。そのうちに催眠から解けて、催眠を掛けたことすら忘れてしまうはずだからね」
「じゃあ、今こうやってお話していることも忘れてしまうということ?」
「そういうことになるわね。でも、ひょっとするとお母さんは催眠を自分で掛けて、それを解くことができない人なので、記憶は残るかも知れないとも思っているのよ。もし記憶が残っていればお母さんと会うことができる。その場合は親友の睦月としてね」
その声が最後まで聞こえたのかどうか、少し自信がなかったが、次第に意識が遠のいていくのを感じた。
目の前にはさっき見た道化師がいる。
「睦月……」
蓮は声がかすれてくるのを感じ、意識を完全に失ってしまった……。
「蓮、大丈夫?」
気絶していたのか、目が覚めると目の前に睦月がいる。
「ああ、大丈夫よ」
「もう、しっかりしてよ。お父さん呼んでくるからね」
と言われて、腰を上げると、そこに小走りでやってきた一人のおじさんがいた。
「お母さん、大丈夫かい?」
と言われて、
「えっ?」
と答えたが、自分を心配そうに覗き込むそのおじさんの顔が、祐樹だったのだ。
「今って、何年なの?」
と睦月に聞くと、
「今は二○一○年、平成二十二年よ」
と言われ、愕然とした。
「昭和六十年……」
と言いかけたが、平成二十二年で間違いないと思うようになった。
「お母さん、記憶が戻ったのね? よかったわ」
と睦月が言った。
すぐには何のことだか分からなかったが、
「お母さん、自己催眠から解けたのよ」
と睦月が耳元で囁いた。
「私たちは親友だからね」
と言って微笑んだ睦月を見ながら、
――やっと時代を繰り返すリピートが終わったんだ――
と蓮は感じた。
――「負のスパイラル」、そんなものくそっ喰らえだわ――
と、女の子にあるまじき言葉で、自分を鼓舞したのだった……。
( 完 )
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