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負のスパイラル

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 すべてが終わってからの言葉だと思ったからだが、まったく記憶のない中で、蓮は自分の状態がどうなっているのか、不思議に思えてきた。
――どうしちゃったのかしら?
 まだ催眠術が続いているように思えてならなかった。
「お嬢さん、この催眠はあなたが掛けたものなんです。そしてこれを解くことができるのは、あなたしかいません」
 と、道化師が耳元で囁いた。
 それはまるでまたこれから催眠を掛けられるかのような感覚で、遠くから聞こえていて、他人事のようにしか思えなかった。
 だが、これは本当のことであり、それを思い知らされたのは、次の瞬間、道化師の顔が自分の知っている人に変わったのを感じたからだ。
「睦月」
 そこにいるのは、自分の親友だと思っている睦月だった。
――でもどうして?
 夢であっても、想像するとしても、相手が睦月というのはあまりにも突飛すぎて信じられない心境だった。
「さあ、蓮。あなたはこれからあなたの中の催眠に入っていくのよ。これまでのあなたと違って、私を意識することはないの。私は絶えずあなたの中にいるんですからね」
 と道化師の格好をした睦月が蓮にそう語り掛けた。
「私、催眠術に掛かっているの?」
「ええ、そうよ。あなたは催眠術に掛かっているの。自覚あるでしょう?」
 と言われて、実際に自覚はあった。
 その時思い出したのは、さっき夢心地で見た歪んだ時計のトンネルだったが、
「私、さっきタイムトンネルをイメージしたのよ」
 というと、
「それはきっと間違っていないわよ」
「私はどっちに行ったの? 過去? 未来?」
「あなたは、今をいつだって思っているの?」
「今は昭和六十年、西暦で言えば、一九八五年よね?」
 というと、
「ふふふ、本当にそうなのかしらね? あなたはおいくつなの?」
「えっ? 私は十五歳の中学三年生よね」
「そうかしら?」
「違う時代だっていうの?」
「ええ、そうよ。今は二○一○年、平成二十二年なのよ」
「平成って何? それに今は二十一世紀だっていうの?」
「ええ、その通り。そしてあなたの年齢は四十歳。普通に結婚して、普通の家庭に収まって、子供と三人で暮らしているの」
「え、えええ?」
 蓮の頭は混乱していた。
「私は、結婚はおろか、まだ中学生で、初めて男の子とのデートの最中だったはずなのに、どういうことなの?」
「あなたは、以前、ショッピングセンターで道化師を見ているでしょう?」
「ええ、見たわ。あの時の道化師と、さっきの遊園地の道化師とが同じ人に見えて仕方がなかったんだけどね」
「その通り、あの道化師は同じ人なの」
「どうしてあなたがそれを知っているの? あなたがあの時の道化師だっていうの?」
「それは違うわ。でもあなたがいう昭和六十年という時代に、あんなに大きなショッピングセンターが存在していたと思う? 今あの時のショッピングセンターの様子を思い出すことができるの?」
「うっ……」
 睦月にそう言われて、蓮は絶句してしまった。
 確かに思い返してみれば、あんなに大きなショッピングセンター、まるで夢を見ているような感覚だったけど、でも、確かにあった。そのことを不思議に思うこともなく記憶に格納されているということは、一体何を意味するというのだろう?
「ね、ショッピングセンターの記憶がおぼろげなんでしょう? どうしておぼろげなのか自分でも分からない。それをあなたはデジャブで片づけようと思っている。確かにデジャブという言葉で片づけるのは簡単なこと。他の人は皆同じような感覚を持ったとして、それをデジャブで片づける。だから、誰にもこのことを言えなくなってしまうのよね。あなたはそのことを無意識に分かっているから、本当はデジャブで片づけたくないと思っているはず。それはどうしてかというと、あなたが催眠術に掛かっているからなのよ」
「どういうこと?」
「解くことのできない催眠術ね」
「どうして?」
「それは掛けた人間にしか解けない暗号のようなものがあるからなのよ。そして掛けたのはあなた自身、そのことをあなたもウスウス分かっているはずよね」
 と、睦月は蓮に迫るように問いかけた。
――どうしてここで睦月が出てくるのかしら?
 確かに睦月は数少ない友達の一人で、いや、親友と呼べる相手は睦月しかいないと思っている。だから睦月のことを想像してもそれは無理もないことだが、なぜこの場面なのかが不思議だった。
「蓮は、私を見ていてどう思っている?」
 という睦月に対して、
「どうって、あなたを見ていると、私は癒されることもあるんだけど、でも時々イラッとくることもあるのよ」
 と、蓮は正直に答えた。
 蓮は答えた後に、ハッと思い、
――どうして、バカ正直に答えなければいけないの?
 と相手の気持ちを無視して答えてしまった自分を恥かしく思い、後悔していた。
「そう、あなたは本当に正直な人。だけど、その正直さが時には人を傷つけるということを、あなたは知らない。そして知らないまま大人になっていくことに不安を感じてはいるんだけど、どうしようもない自分に憤りを感じて、苛立っているんじゃないかって思うのよ」
 と睦月は答えた。
「どうしてあなたは、そんなに私のことが分かるの?」
 と蓮は聞いたが、この気持ちの裏には、
――気持ちが分かったとしても、それを口にする権利があなたのどこにあるというのよ――
 と、相手の図々しさに腹が立ってきた。
 蓮は自分の心の中にズケズケと土足で入ってくる人を許せない性格だった。それがたとえ親友であっても、自分のことを思いやってのことであっても、
――余計なことよ――
 と反発してしまう。
 元々素直な性格だと思っていた蓮が、人に対して反発する気持ちを次第に抱いてくるようになったのは、ちょうどその頃からだった。
 そして、そのタイミングで付き合うようになった相手が祐樹だった。
 祐樹は蓮と付き合い始めて、普段は蓮を暖かい目で見ているようだったが、たまに冷酷に思えるほどの冷たい目を向けることがあった。それは相手に戒めを求めるような視線で、向けられた方は、普通であれば、その視線を感じた時、顔が真っ赤になるほどの屈辱を味わうことになるだろう。そしてその屈辱に対していかに自分の気持ちが無力であるかということを思い知ることになるのだが、蓮も同じだった。
 なるべく祐樹に、そんな冷たい目をさせないようにするにはどうすればいいのかを考えることが多かったが、蓮が祐樹を嫌いになることがないのは、こんな気持ちは恋愛にはつきもので、
――誰もが通らなければいけない道なんだわ――
 と思っていたからだった。
 恋愛というものをハッキリと理解していないにも関わらず、この感覚が分かるというのは、初めての恋愛の中に、
――前にも似たような感情を抱いたことがあった気がする――
 というデジャブに似た感覚があったからに違いない。
「蓮は祐樹君が好きなの?」
 と睦月が言った。
「そうね。好きなのかも知れないわね」
「好きなのかもって、自信がないということ?」
 と睦月は少し、ムッとしたような口調になった。
「ええ」
 一気に蓮の声のトーンが下がっていたが、それは誰が見ても一目瞭然の態度だった。
作品名:負のスパイラル 作家名:森本晃次