負のスパイラル
――人から言われなければ、何もできない女の子なんだ――
と蓮の方を最初に感じたのだが、蓮の顔を見ていて、決して嫌な顔をしているわけではないことに気付いた時、
――おや?
と感じた。
――どうしてそんなに命令されているのに、ヘラヘラできるんだ?
と思って、今度は睦月の方を見ると、これまた一生懸命に諭しているのが分かった。
それは叱りつけているわけではなく、諭しているのだ。これだと相手も嫌な顔にならない理由も分かる気がする。
――彼女は僕と同じで頑固なんだ――
と思って見ていたが、次第に少し違っているのに気が付いた。
そのうちに、
――彼女は頑固なのではなく、強情なんだわ――
と感じた。
「強情と頑固のどこが違うのかを説明しろ」
と言われると難しいだろう。
しかし、祐樹は睦月の考え方を受け入れることができないと思っていた。そしてその思いがうまく口では説明できないが、睦月のことを正面から見つめることができなくなっていた理由ではないかと思うようになっていた。
祐樹の目は、次第に睦月といつも一緒にいる蓮の方に移っていった。それまで蓮のことをほとんど気にしていなかった自分に対して、
――どうして気にならなかったのだろう?
と思わせた。
――もし僕が蓮ちゃんの立場だったら、どんな気持ちになるだろう?
きっと、すぐに顔が真っ赤に紅潮し、自分に対して引け目を感じさせる何かが存在していることを意識させるに違いない。
蓮は祐樹に見つめられているという意識は持っていないようだった。睦月も祐樹に見つめられているという意識は持っていなかったようだが、同じ持っていない感覚とはいえ、お互いにそのイメージは違っていた。何がどう違うのかすぐには分からなかったが、
――蓮ちゃんの目には、僕が僕らしく映っていなかったんだろうな――
と感じさせた。
そう感じるようになると自分の興味は、
――睦月に対してというよりもむしろ蓮の方にあるのかも知れない――
と思うようになっていた。
いつからそう感じるようになったのか分からないが、やはり蓮が自分をどのように見ているのかが気になった時からだったような気がする。
蓮に告白をしたあの時、祐樹には自信があった気がした。別に根拠があったわけではない。元々根拠がなければ自信など持つことができない性格だと思っていた自分には信じられないことだった。
頑固なところがある人間は、その頑固さに根拠という後ろ盾がなければ成立しないと思っていた。今回、根拠もないのに自信を持ったということは、知らず知らずのうちに根拠のようなものを感じていたからなのかも知れない。
祐樹は中学に入ってから時々、
――僕には予知能力のようなものがあるんじゃないか?
と感じるようになっていた。
睦月を意識し始めた時も、
――僕によく似た人と巡り合えるような気がする――
と感じていた。
しかもその時、ときめきのようなものを感じたことで、まさかとは思ったが、それが異性かも知れないと感じていた。
祐樹はそれまで女の子を好きになったことがなかった。意識したことがなかったと言った方がいいかも知れない。しかし、小学三年生の頃だっただろうか、今から思えば意識した女の子がいたような気がした。
その子は大人しい子で、いつも端っこの方にいるので、まわりから誰にも意識されることのない存在だった。だが、祐樹にはその子の存在が気になり始めると、どうにもおさまりがつかなくなってくるのを感じていた。
――何がそんなに気になるんだろう?
そう思っていた。
だが、彼女と気が付けば目が合っていた。目を背けても、彼女がこっちを見ている気がして、目だけを元に戻して、おそるおそる見てしまう自分がいた。
睦月を見ていて気になったのが、
「遠くを見る目」
だった。
黄昏ているように見えて、彼女は自分を通り越して、さらに向こうを見ている。その雰囲気から目が離せなくなってしまった。
きっと睦月も祐樹を見て、自分と同じものを感じたに違いない。だが、彼女の見ていたものは実は祐樹ではなく、さらに向こうにある何かだったのだ。そのことを意識していながら睦月の視線が自分に向けられていると思ったのは、予知能力を信じたかったからだったのだ。
だが、どちらの視線が正しかったのかと言えば、睦月の方だったのだろう。そのことに気付いた祐樹は、もう睦月を見ることができなくなっていた。その代わりに意識の中で急上昇してきたのが、いつも睦月のそばにいる蓮だった。
蓮は自分とはまったく違う女の子で、祐樹のことも眼中になかったに違いない。ただ、二人が同じだというのは、二人とも異性に対して免疫がなく、意識したことはあっても、そこから進展することはないと思っていたのだった。
特に蓮の場合は、まだ思春期というには早すぎるくらいで、精神的にはまだ子供だった。それだけに未知数のところがあり、見えないところに祐樹は興味を持ったのだろう。
祐樹にとって蓮は初めて好きになった女の子であり、蓮にとっても初めて好きになった男の子であった。純情恋愛を絵に描いたような二人は、危なっかしくもあったが、まわりからは意識されないほど純だったに違いない。
他に祐樹のことを、そして蓮のことを好きだった異性がいなかったことも二人には幸いだった。他に思っている人がいれば、そこから生まれる嫉妬によって、二人の関係は自分たちの望んでいる方向に、まともに進むことはなかっただろう。
また、祐樹が告白したタイミングも絶妙だった。
蓮が自分の成績で悩んでいて、これまでの自分を否定しそうになっていた頃、祐樹が告白してくれたことは蓮にとって、大いに救いになった。
「付き合うとすれば、あなたなんだって私は思っていた」
という蓮のセリフはその時の口から出まかせであった。
だが、少し経ってから思い返してみると、
――あの時のあの言葉、まんざらウソではなかったような気がするわ――
と感じた。
「ウソから出たマコト」
という言葉があるがまさしくその通りで、言葉に根拠がなかったはずなのに、思い返してみると、あの時、本当にそう感じたから口に出た言葉だったのだ。
そうでなければ、あんな言葉が口から出てくるはずもない。後から思い返してみると、
――あれは本当のことだったんだ――
という思いを感じたことが今までにもあったような気がする。
その時蓮が感じたのは、
「デジャブ」
という言葉だった。
デジャブというのは、初めて見たにも関わらず、
「以前にもどこかで」
と感じることだった。
デジャブがどうして起きるかというのは、まだ正確には解明されていないということであるが、
「過去に見たことや経験した似たようなことで自分の中のモヤモヤの辻褄を合わせるために感じることである」
という話を聞いたことがあった。
漠然とした話ではあるが、何となく分かるような気がした。それが予知能力とどう違うのかは分からなかったが、自分に予知能力はないという思いが蓮の中にある以上、デジャブが起きてもそれは必然だと思っていた。
そんな時、自分の身近に予知能力を感じている祐樹という男性が現れた。