負のスパイラル
分かっていてもどうしようもないことというのは得てして自分のこととなると、結構たくさんあるというものだ。
「自分のことだからこそどうにもならないというものだわ」
とも考えていて、それが時として自分の考えを袋小路に迷い込ませる原因となったりする。
では、二人のうち、どっちが先に相手を異性として感じ始めたのかというと、蓮の方だった。
「思春期の頃までは、男子よりも女子の方が大人に近い」
という話を聞いたことがあった。
要するに、
「ませている」
と言えるのだろうが、欲求に関しては、男子の方が内に籠める方なのかも知れない。
蓮は同じ年頃の男の子を気持ち悪いと思っていた。
顔にはニキビや吹出物が浮かんでいて、貌も真っ赤で、いかにも
「異性への興味をあからさまに見せている」
という雰囲気がありありだった。
だが、祐樹の顔にはニキビも吹出物もない。色も白くて、
「まるで女の子のようだわ」
と感じさせられた。
それも、性格から見えてくる雰囲気なのか、他の女の子よりも女の子らしいとでも言えばいいのか、一度見つめてしまうと、そこから目を放すのが難しくなるほど、集中してしまうのだった。
祐樹を見ていて、
「あんな男の子もいるのに、私が女の子だなんて恥かしいくらいだわ」
と思うほど、祐樹に対して感じた美しさは大したものだった。
蓮がそこまで感じるようになっていたにも関わらず、二人は会話をすることがなかった。それはきっと祐樹の第一印象で、蓮としては、
「あんなに煮え切らない人」
というのがあったことで会話をどうすればいいのか迷ったことと、祐樹の方では、
「自分にないものをすべて持っている人だ」
という憧れに近いものを感じたことで、眩しくて近寄れないというイメージがあったからに違いなかった。
蓮が祐樹のことを気になり始めてから、祐樹から告白を受けるまで、それほど時間が掛かったわけではなかった。蓮の中で、
「そろそろかも知れない」
という意識があったのも事実で、蓮の方としても、彼以外に付き合う男性を想像することができなかった。
ただ気になったのは、もし彼から告白を受けたとして、自分のどこを気に入ってくれているのかということだった。それほど自分に自信を持っているわけではない蓮は、他の男性を意識できないわけとして、
「私が男性からモテるわけはない」
という思いがあったからだ。
モテるにはそれなりに理由があるはずだが、自分がもし男だったとしたら、蓮という女子のどこを好きになるのかと考えた時、思いつくところがどこにもなかった。
蓮も男子のいいところを見つけることができなかった。だから、自分が男子を好きになるはずはないと思っているのであって、そんな蓮が初めて意識した相手が祐樹だった。
祐樹から、
「もしよかったら、僕とお付き合いしてくれませんか?」
というベタなセリフを聞いた時、ベタではあったが、蓮の気持ちはときめいた。
「ええ、いいですよ。私も誰かとお付き合いするとすれば、あなたしか考えられなかったのよ」
と、正直に答えた。
その答えに対して、祐樹は異常なほどビックリして、
「えっ、そうなんですか? それは嬉しいです」
感動してくれたのは嬉しかったが、喜び方が想像していたのと違ったのは、蓮にとっては意外だった。
付き合い始めてみると、思っていた以上に二人の相性はいいようだった。お互いに考えていることがうまくかみ合っているようで、会話が弾むのはそのせいだろうと思った。
付き合い始めてから変わったのは蓮の方だった。祐樹の方は以前までと変わったところはなかったが、蓮は見るからに変わっていた。その一番大きな傾向として、疑って掛かる性格が、人の話を鵜呑みにする性格に変わって行った。
最初は、大好きな祐樹だけに感じていることだと思ったが、次第に他の人の言っていることもどんどん妥当に思えてきて、疑うという気持ちが薄れてきていることに自分でも気付くようになっていった。
そのことを最初に看破したのは睦月だった。
睦月は蓮が祐樹と付き合い出したことを、最初から知っていたわけではない。蓮が自分から言ったわけではなかったからだ。
睦月は蓮のことなら大体のことは分かると以前からずっと思ってきたので、まさか祐樹と付き合っていることに気付いた時には、すでに少しの時間が経っていたということを知ると、本当に意外な気がした。
「どうして分からなかったんだろう?」
分かってしまうと、蓮の行動パターンが手に取るように分かってきて、つまりは、蓮のことを以前はもっと分かっていたはずなのに、いつの間にか分からなくなってしまっていて、それがまた元に戻ったことで、今は手に取るように分かってきたということを自覚するようになったのだろう。
「蓮がこれほど性格的にブレのある女性だったとは思ってもいなかった」
と睦月は感じたが、蓮のことをよく分かっていると思っていた自分を思いあがっていたとは思っていない。
確かに蓮のことをよく分かっていた時期が存在していたことは事実なのだ。それでも分からない時期があったということは、それだけ蓮の性格が神出鬼没のような性格であると言えるのではないだろうか。
睦月は、「五分前の女」の話を思い出した。
「蓮が二重人格だという意識は私にはまったくなかった。それなのに、ここまで性格にブレがあるのは、もう一人の自分がどこかに存在しているからなんじゃないだろうか?」
と感じた。
しかも蓮が祐樹と知り合ってからの性格というのを遡って思い出してみると、定期的にカーブを描いているようだった。そのカーブというのは、ある程度まで行くと、また戻ってくるというカーブであり、まるで心電図や、バイオリズムのカーブを見ているような感じだった。
蓮はその意識がなかった。睦月も必要以上に蓮にそのことを話す気はしていなかったし、
もし余計なことを言おうものなら、
「きっと怒りをあらわにするに違いない」
と思うようになっていた。
睦月が感じたのは、蓮が子供のようにわがままになっている姿を想像できたからだった。今までの蓮からは想像することすらできなかったわがままな性格。彼女の中にある一途なものは、何に対しても、ブレない強さだと思っていたのが、まるでウソのように感じられた。
「一体、蓮に何があったというのだろう?」
蓮が、勉強熱心で、中学受験までして自分の実力に挑戦したことは、睦月から見ていても尊敬できる蓮の一面だと思っていた。
しかも、蓮の中でブレない性格があったからこそ、中学で挫折を味わいながらも、堕ちるところまで落ちていかなかった理由だと思っていた。
だがそれはまわりから見ていてのことであって、蓮本人とすれば、
「落ちるところまで落ちてしまった」
と思っているようだった。
普通なら、
「これ以上、堕ちることはない」
というポジティブな考えになるか、
「落ちるところまで落ちたんだから、もう這い上がることはできない」
というネガティブを感じるかの違いだが、その違いの根拠は、開き直りにあるのだと睦月は思っていた。