負のスパイラル
少女が死んでしまうということは、誰かに殺されたという印象が強い。そうなると、五分前の自分はどうなっているのだろう? 先に彼女も死んでいたということなのか、それとも五分前の彼女も五分後の自分を知っていて、彼女を抹殺しないと自分だけの世界は形成できないと思い、何とかして彼女を殺す算段を行ったのかも知れない。
誰かに頼んだのかも知れないし、やり方はこの際、どうでもいいことだった。
最後に主人公が死んだということがショッキングなこととして意識に残ったので、それ以外の印象に残らないようなことはすべて忘れてしまったのではないかとも感じた。その割りにしっかりと覚えているのは、研究所での会話だった。
「あの時、白衣の男性は、主人公の女性にいろいろと喋らせて探っているようにも感じられたけど、本当は最初からすべてを見抜いていたのかも知れないわね」
とも思った。
ひょっとすると、彼女を殺すのは、その白衣の男性だったのかも知れないとも思ったが、それではあまりにもベタすぎる気がしたので、それくらいのことであれば、忘れてしまうほどのインパクトを与えられなかったような気もする。
ただ白衣の男性が最初から彼女を看破していたのは間違いないと思っている。その人がこの物語の中で果たす役割がどのようなものだったのかということを思い図るには、あまりにも情報が少ないのではないかと感じていた。
「そういえば、この話を蓮にもしたことがあったわね」
ということを睦月は思い出していた。
その時確か蓮は、黙って聞いていたような気がする。
普段であれば、話の途中でも気になったことがあれば、話の腰を折ることくらいはないでもないと思っていた蓮だった。
少し無礼な気もするが、それを無礼だと相手に感じさせないところが蓮の役得なところでもあった。役得と言っても悪いところではなく、長所なのだと睦月は思っている。そんなところが親しみやすさに繋がっているのであり、逆に親しみやすいから、この程度のことも許されるのであろう。後者が役得だとすれば、それは長所の裏返しではないだろうか。確かに、
「短所は長所と紙一重」
と言われているが、そう考えると短所も言われているほど悪いことではないと思っている。
そういう意味で睦月は、
「短所を治すことよりも長所を伸ばして、短所を補って余りあるくらいにする方がいいに決まっている」
と思いこんでいた。
ずっと黙り込んでいた蓮だったが、最後になっていきなり捲くし立てるように話し始めた。
「私は、最後に彼女が死んだのは、自殺だったんじゃないかって思うのよ」
と蓮が言い出した。
睦月は確かに話の内容をハッキリとは覚えていないが、自殺ではなかったことだけは確かだと思っている。それを正直に話そうかと思ったが、蓮の意見も聞いてみたくなったので、すぐにそのことを話すことはできなかった。
蓮の話を聞いているうちに、本当は最後に、
「自殺ではなかったはずだわ」
というつもりだったが、話が進むにつれてそのことを言い出すのは愚の骨頂だと思うようになった睦月は、最後まで何も言えなかった。
蓮が話し始めてから、一度落ち着くまで十分近くはあっただろうか? それほど時間が経っているわけではなかったはずなのに、睦月はすっかり蓮の話術に嵌ってしまったのか、気が付けば手に汗を掻いている状況だった。
一度彼女の話が落ち着いてから、会話ができるようになったのだが、彼女のいう自殺の根拠としては、
「そもそも人に言われなければもう一人の自分の存在に気付かなかったということは、誰にでもあることなんじゃないかっていう感覚なの。だから、もう一人の自分に気付いたことで、今の自分の存在が無ではないかと気付いたのではないかと思うのね。もしその人が人生に疲れていて、たとえば苛めに遭っていたか何かして、人生を消し去りたいと思うようになっていたのだとすれば、もう一人の自分の存在を怖いと思うよりも、自分の生まれ変わりのように感じたとすれば、他の人に持つことのできない自殺への勇気を持てたんじゃないかって思うのよ。人間なんて集団意識で動く動物でしょう? 他の動物のようにね。だからもう一人の自分の存在が自分だけではないと思い、気付いたのが自分だけだと分かった時、自分が死ぬことで、他の人が永遠に気付かないことを願ったとも思えなくもない。それが彼女の自殺の根拠であり、世の中への復讐の気持ちだったとすれば、私には分からなくない気がするの」
という話だった。
睦月は複雑な話だと思ったが、話の途中で堂々巡りが繰り返され、それによって反芻できることで何となく理解できたような気がしてきたのだった。
蓮の話が落ち着いて考えると、睦月にも発言の機会がやってきた気がした。
「私は五分前というのが、微妙な気がするのよ」
と睦月は言った。
「どういうこと?」
「五分前というと、自分が五分間同じ場所にいたとすれば、かち合ってしまうことだってあるはずでしょう? 五分間同じ場所に滞在することなんかいっぱいあるわけで、特に学校の授業なんか同じ場所に一時間近くいるわけじゃない。それなのに落ち合わないというのはおかしいと思うんだけど、それは時間が同じであっても、次元が違っているから合わないんだと思うだけでいいのかしらね?」
「そうなんじゃいのかな? 世の中にはパラレルワールドという考え方があるらしいんだけど、この瞬間には無数の可能性があって、その数だけ世界が存在しているという考え方ね。しかも次の瞬間にも無数の可能性があるので、その数はさらに増えていく。そう思うと次元なんて無限にあるんじゃないかって思うの」
「でも、それってキリがないというか、考えるだけ時間と労力の無駄なんじゃないの?」
「そうなのよ。だから誰も考える余地は持っているのに、敢えて考えようとはしない。人間も動物も寿命がある。限られた時間での命だよね。そういう意味で無限ということを信じようとはしない。だから、考えながら生き続けられるのかも知れないわね」
「蓮が言った自殺という発想は、私には理解できるわけではないけど、こうやって話をしていると、分かってくるものもあるわね。五分というのは、そういう意味で問題提起できる時間だったのかも知れないわね」
「世の中、こうしている間にでも、どこかで人は死んでいるのよ。人の死をいちいち気にしているというのは、滑稽なことなのかも知れないわね」
一見、死への冒涜のように感じられたが、睦月の言うことも分かる気がした。
「確かに肉親や近しい人が亡くなると悲しんだり寂しいという思いを抱くものだけど、自分に関係のない人であれば、悲しいも寂しさもないものね」
「人間なんて、そんなものなんじゃないの?」
少し寂しい気もしたが、それが事実。
「ひょっとしてそのお話は、人間臭さをテーマにしたものだったんはないかしら?」
蓮はそう呟いた。
それを聞いた睦月は、
――蓮は私の気持ちを見透かしているようだわ――
と感じた。
人間臭さ、まさしくその通りだった。
蓮とこの話をしたのは、まだ蓮が成績の落ちる前で、ひょっとすると蓮の発想が一番奇抜だった頃なのかも知れない。