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短編集66(過去作品)

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 必死になって飛ぼうとするが、膝上よりも高く飛ぶことはできない。空気を海原を、手で掻いているのだが、なかなか進んでくれない。夢の限界を思い知る瞬間であった。
 空を飛ぼうという意識があるのは、夢の中だけのことである。現実の世界では考えも及ばない。空を飛ぼうと考えるのが夢の中だけのことだと分かっているので、少々無理なことでもしてしまう。
 断崖や、ビルの屋上から飛び降りてみたりしたこともあった。落ちて行く瞬間に目が覚めた。それから先のことは分からない。しかし、本当は夢を見ているのだが、目が覚めた瞬間に忘れてしまったのではないかと思う。夢とは自分勝手なもので、ただ、その勝手な感覚が誰に作用しているのか、夢を見ている段階では分からない。もちろん、夢は自分だけのものなので、作用しているとすれば、見ている本人だけなのだろう。
 だが、最近おかしなことを考える。
――夢を誰かと共有している――
 と思うのだ。
 それが誰かは分からないが、夢の中に出てきた人が意志を持っているように思える。普段であれば、目が覚めてからは、潜在意識からの夢なので、違和感がない。だが、違和感を感じることもあり、そんな時は何かの力が夢の中に影響を及ぼしていると思う時であった。
――女だ――
 男が夢の中に出てくることも珍しかった。賢治は確かに女好きで、それは女性を性欲の対象として感じているからだと思っていた。恋愛感情を持ったとしても、いつもクールな考えの賢治にとって、行きつく先のない願望に、相手の女性がついてこれない。
 果てしない願望を賢治はいつも抱いている。それは女性に対してだけではないが、願望が直接他人に影響しているのは恋愛感情だけだ。それ以外は自分自身のことであり、外部への影響が少ない。夢として見ることもあるのだろうが、得てしてそんな時は目が覚めてしまえば忘れてしまっていることだろう。
「私あれから考えたの。賢治さんに対して失礼なことをしたんだなって」
「失礼も何も、お互いに納得して別れたんだろう?」
「ええ、そのつもりだったんだけど、どうにも今度は私があなたを忘れられなくなってしまったようなの」
「俺は忘れようと努力をしたことはないが、時間が解決してくれるとも思わなかったよ。でも、実際には時間が解決してくれたんだけどね」
「私も同じことを考えていたの。でも、時間が経てば経つほど想いが募ってくるというか、後悔が残ったというか。きっとそれは私が自分で言った言葉のせいなのね」
「言葉?」
「ええ、お友達以上に考えられないというのは、自分の中で漠然とした思いを、中途半端な言葉にしてしまったのね。別れる時に都合のいい言葉だということは知っているわ。だから私も使ったのね。でも、それって本当に都合がよすぎて、自分の中で気持ちを整理するには邪魔な言葉でもあるのよ」
 言いたいことは何となく分かっていた。言われた方はあっさりと受け入れることができるが、言った方は一旦我に返ると、後悔が湧いてくるに十分な言葉ではないだろうか。今となってみては、あの時と立場は完全に逆転していた。
 賢治はなるべく戸惑わないようにしていた。彼女のおかげで恋愛感情という俗世間的な気持ちを振り払うことができたというのに、余計な時に現れたものだ。戸惑わないつもりでいるが、今まで俗世間からなるべく離れようとしていたにも関わらず、最後のどこかで離れられない自分がいることに気づいていた。
――言われた言葉がやはり中途半端だったからなのかな?
 と考えるようになっていたのを、彼女の出現が、その気持ちをリアルに思い起こさせる結果になってしまった。
 彼女との出会いは、余計なものであったが、賢治の中でホッとした気分になったのも事実だ。戸惑わないわけにはいかないだろう。
 最初、名前すら思い出せないほど、研究のことが頭から離れなかった。だが、今は研究を忘れてしまいたいという気持ちにさせてくれた彼女、八重子に感謝している。しかも、八重子はよりを戻そうと考えてくれているようだ。何が彼女を変えたのか分からないが、嬉しさがこみあげてきたことは言うまでもない。
 賢治の身体から、一気に疲れが噴き出してきたのか、足が攣りそうになった。安心感が身体中にみなぎっているのか、精神的なジレンマのどこかに穴が空いたのかも知れない。
 どこからか風が吹いてくるのを感じる。それが右から吹いてきて左に抜ける風だった。最近感じている風は左から右に抜ける風ばかり、その違いだけでも、何かが変わりかけているのではないかと感じ、言い知れぬ期待感が賢治にみなぎっていた。
 賢治は、自分のことを考えるのが苦手だった。苦手というよりも怖いというのが正解であった。先のことを考えるというのがポジティブで、人間らしい考え方だと思っていた。漠然としていて、見つかるはずのない答えを求めていくからだ。
 現在があって未来がある。過去があって現在がある。過去・現在・未来と時系列に並べるのが本当なのだろうが、それを考えると、昔流行ったポップスを思い出す。
「現在・過去・未来」
 最初に現在が来るのだ。
 語呂合わせにいいからこうしているというのもあるのであろうが、現在が中心であるということを言いたいのかも知れない。そう思うと、過去も未来も考える時間は現在よりも掛かってしまうが、現在こそが一番難しい。なぜなら現在は絶えず動いているからだ。
 今、考えていたことが、一瞬にして過去になる。それは自分だけに起こることではなく、全員に起こることだ。しかも平等にである。どんなに不幸な人にも、どんなに幸福な人にも平等に。
 たった今幸福だった人が、一瞬経ってしまったために、不幸への階段を下り始めたかも知れない。それは誰にも分からないし、いずれやってくる現在が証明してくれる。それが未来である。
 誰にも分かるはずのない未来。これも平等にやってくるのだが、やってきた結果は平等であるはずはない。時間は偉大だと考えさせられる。
 本当に不幸な人というのはいるだろうが、本当に幸福な人など、誰もいない。幸福であればあるほど、疑心暗鬼になってしまい、不安が裏返しにある。それが人間であり、平等といえば平等だ。
 人間でいることを恨みに思うことはないが、なぜ不安になってしまうかを恨んでしまう。やはり何があっても人間でいたい。人間でなければ、考えることもないと思うからだ。
 他の動物は本当に考えないのだろうか?
 実際には考えているが、人間に見えないだけなのかも知れない。彼らは彼らの世界で平等である。その証拠に同じ周族であれば、身体の大きさや表情に若干の違いこそあれ、顔は同じではないか。言葉だって、同じにしか聞こえない。
 中には、何も声を発しない動物もいる。会話などできるはずもないのに、自然界でしっかり生きている。種の保存ができるのだから、それなりにコミュニケーションができているはずだ。本能だけではないだろう。
 本能がコミュニケーションもつかさどっているのかも知れない。
 人間だけが他の動物とは違うと思っているのは人間のエゴであり、人間中心に考えているからだ。
作品名:短編集66(過去作品) 作家名:森本晃次