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短編集66(過去作品)

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 友達がたくさんいるわけでもないし、あまりアルコールを呑む方ではないので、ストレス解消には、何をしていいか戸惑っていた。
 会社の近くの駅前にパチンコ屋があった。フラリと寄ってみたが、最初はタバコの匂いで十分といることができなかった。
 もちろん機種の知識もないので、まともにやってうまく行くはずもない。何よりも心のどこかで、
「パチンコなんて……」
 と思っていた。
 実際に同僚にパチンコ通がいて、ほとんどのめり込んでいると言ってもいいくらいだが、彼がいうには、
「やらないなら知らないに越したことはない」
 それでも最近は深夜になると、パチンコ番組をやっていたりする。一度出張に行った時、作業が業務終了後だったので、半分夜勤の状態になっていたので、終了後、カップ麺をビジネスホテルの部屋で夜食として食べたが、その時にちょうどパチンコ番組をやっていたのだ。
 実践形式のものと、ゲストとのバトルに別れていたが、実践形式を見ていると、
「やってみたいな」
 と思わせるものがあった。さらに、バトルにおいて、実際に大当たりの瞬間を映像に写すと、臨場感に溢れている。
 何しろ素人のリアクションである。本当にやってみたいと思わせる。実によくできた番組である。
「他のパチンコ番組も似たりよったりなんだろうか?」
 と思うと、今度は違う番組も見たくなる。
 出張から帰ってきて、いつもはゴールデンタイムのテレビを見ているが、その時間に寝て、深夜になると起きてきた。もちろん、パチンコ番組を見るためだ。
 なるほど、どの番組も同じようなもので、違和感はない。やってみたいと思って当然だった。
 そんな普段しない行動をしても、妻は知らんぷりである。表情に変化はなく、最近気になり始めた顎の下のたるみを隠すことなく見せながらテーブルに肘をついて座っているという情けない格好をしていた。
 パチンコ屋に入る時はさすがにドキドキした。タバコの煙は気になったが、実際に玉が出てきて盤面をアーチ型に玉が飛び、釘によって左右に揺れているのを、最初は一つずつ観察してみようと思ったくらいだった。
 そんなことをしていれば目が疲れるだけなので、集中させるのは、液晶画面だけにすることにした。
「この玉のゆくえって、俺たちのゆくえを占っているみたいだな」
 必死になるだけバカみたいに思えたのに、なぜか盤面は新鮮だった。
「これがパチンコの魔力なんだろうな」
 佐吉は一人で頷いていた。
 何も言わない妻を騙すのは気が引けた。実は知っていて、気を遣ってくれているのとどちらが救われるだろう。どちらにしても後ろめたさは残るが、どちらかというと前者の方が救われるのではないだろうか。
 百貨店での買い物を妻は楽しみにしている。もちろん邪魔をするつもりもないし、それほど高い買い物をするわけではない。
「きっと雰囲気が好きなんだろうな」
 それは佐吉も同じだった。
 よく家族で百貨店に来たものだ。今の百貨店は以前とかなり様変わりしているようで、屋上遊園地もほとんど寂しくなってしまった。佐吉が子供の頃は、もう少し賑やかだったように思う。
 そう思いながら百貨店を歩いていると、資格フェアにぶつかったのだ。
 資格などというのは、ずっと無縁だと思っていた。試験というものは、高校の頃くらいから、嫌で嫌でたまらなかった。
 試験会場の雰囲気はむしろ好きな方だ。静かな部屋の中で試験官を中心に厳粛な雰囲気に包まれる。静かになってから、皆一斉に頭を下げて、次第に鉛筆やシャープペンシルの音が聞こえてくる。
 検定試験の雰囲気を想像してみた。
 学生の頃の試験と違い、老若男女、いろいろな人がいる。それぞれにいろいろな思惑もあるだろう。
 就職に有利なために必死になって取得しようとしている学生、ちょっとした箔をつけたいという軽い気持ちで受けてみようと考えるお気軽主婦。佐吉はどれにあるのだろう。中間に位置していることだろう。
 佐吉のような中間層というのは、案外と多いのかも知れない。それなら気が楽というものだ。緊張することもなく試験に臨むことができるのではないだろうか。
 もうすでに受ける気になってしまうと、さっそく参考書と問題集を買い込んで、その日から勉強を始めた。
「精が出ますね」
 と言ってお茶を出してくれるが、何のために勉強しているのか分かるはずもないだろう。ストレス解消のつもりもあるので、あまり根をつめたくないのだが、始めてしまうと調子に乗って入れ込んでいる自分に気付く佐吉だった。
「自分のやりたいことをしている時って、一番自分が輝いている気がするしね」
 ニコヤカに妻に言ったが、自分で言うのも何だが、本当にいきいきした顔になっていることだろう。
 妻の顔も笑顔で歪む。いつぶりのことだろう。そういえば、以前にも同じ顔をどこかで見たような気がする。
 それは小学生時代だっただろうか。まだ女性にも興味のなかった頃、佐吉を見つめている女の子がいた。
「まさかあの時の?」
 初めて彼女を見た時にも同じことを感じたのを思い出した。一瞬だったのは、せっかく新鮮なはずの出会いを崩したくなかったという思いだったのだが、本当にそうだったんだろうか。今さらながらに思うのだった。
 勉強を一生懸命にしていた時期が一番自分が輝いていたかも知れない。その後、優越感に浸りたいと思ったがために、まわりを見ることができずに、いやな思いをすることになった。
 勉強が嫌なわけではない。自分の度量を考えていなかったから成績が落ちたことをまわりの責任にしてしまった。理屈としては間違っていないのだが、勉強は自分との戦いだということを忘れていた。そこが自分の度量をわきまえていなかったところである。
 そんな佐吉を妻は暖かく支えてくれている。きっと、佐吉にはなくてはならない存在なのだ。
「そう、なくてはならない存在」
 お互いを補う関係こそが一番の夫婦関係なのだろう。何ごとも一人ではできないと考えれば、結婚の意義も分かってくるというものだ。
 やっと分かった理屈。これからは余裕を持って生きることができるだろう。まずは検定試験、どんな人が隣に座るか楽しみである。きっと、今後の自分を補ってくれるそんな出会いが待っているに違いない。

                (  完  )

作品名:短編集66(過去作品) 作家名:森本晃次