短編集66(過去作品)
相談するという行為をあからさまにすることを佐吉は嫌っていた。しかし、一人でいるのがたまらなく嫌な時期でもあったので、誰かそばにいる人が犠牲になったりする。
ハッキリと話すでもなく、ただ、何となく一緒にいてくれるだけで気が紛れるのだが、相手にとってはこれほど迷惑なものはない。
それでも、佐吉の表情が想像以上に深刻なのか、相談された人も無下に断わることはできないでいた。
顔には困惑が漲っている。見ていて佐吉も分からないわけではないが、人ごとではない。自分がまわりを巻き込んでいると分かっていても、どうすることもできない。
これほど迷惑なことはないだろう。友達は自然と距離を置くようになる。それをさらに佐吉は気付かない。
佐吉の小学生時代は、苛められっ子に時代だった。何ごとも自分の納得行かないことはすべて否定してきた佐吉の性格が招いたものだったが、それもかなり後になって気付いたことだ。
だが、後になって思えば、その性格も悪いものではなかったように思う。
「ウソでもいいから、自分に自信を持つのは大切だ」
これは社会人になって最初の研修で聞かされた先輩の言葉だったが、どこか懐かしさを感じたのは、小学生の頃の自分の気持ちを思い返したからだった。
小学生の頃の気持ちの中で、
「どうして勉強をしないといけないんだ?」
という疑問が一番強かった。
「先生や、親が言うから?」
それが理屈なのだろうか? それであれば、佐吉は納得が行かない。
「それでは、皆はどう思っているのだろう?」
他のクラスメイトに聞いてみたい気もしたが、どうにも納得できる答えが返ってきそうにもなくて、誰にも聞いていない。
いや、聞く勇気がなかったというべきだろうか?
「そんな難しいことは分からないよ」
という答えが返ってくるのが怖かったのかも知れない。佐吉が誰かに聞かれても同じ返事しかできていないように思えたからだ。
佐吉はここで袋小路に入った。分かるはずもない結論を求めてそればかりを考えている。
そういえば、佐吉は小学生の頃、絶えず頭の中で何かの結論を追い求めていた。最終的なものは、
「どうして勉強をしないといけないんだ?」
というものに対しての答えだろう。
その答えを一足飛びに求めても、分かるはずのないことは本能で分かっていたようだ。細かいところから考えては結論を導いていた。
細かいところでの結論はしっかりと導かれていた。それほど佐吉は無駄なことをしていたわけではない証拠であろう。しかし、最終結論は生まれてこない。だからこそ、ずっと無駄なことばかりをしていたように思えた。
小学生の三年生になった頃だったであろうか。
「勉強をすると、お母さんからおやつがもらえました」
というのを、教育テレビの何かの番組で見た。
目からウロコが落ちたような気持ちだった。
「何かの代償を求めるために勉強するというのもありなんだ」
それまでの佐吉は、綺麗ごとばかりを思い描いていた。だから先に進まなかったのである。今では邪な気持ちであると思っているが、何かを結論付けるためには、何かのきっかけが必要である。
もちろん、勉強しておやつを貰おうなどと思わない。代償が必ずあると思って勉強していた。
それまで勉強しなかった子供が急にし始めるのである。親や先生はビックリしていた。
「あれだけ言ってもしなかったのに」
嬉しい誤算だっただろう。顔には絶えず微笑が溢れている。代償とまでは思わないが佐吉もまんざらでもない。しかも、それから先の佐吉の成績はうなぎのぼりだった。この状況が面白くないわけがない。
勉強が面白くなると、それまでまわりへの見方が変わってくる。それまでは、
「皆自分よりも優れているんだ」
と思っていた。誰もが世の中のことを納得しながらこなしていると思っていたからだ。しかし、勉強ができるようになると、まわりの人が、
「勉強しろと言われるからしているだけだよ」
と言っているように思えてならない。
実際にそうだろう。全部の人がそうだとは言えないが、ほとんどの人はそうだと言っても過言ではない。
「そんな連中に劣等感を感じていたんだ」
と思うと癪にさわる。
今まで自分が面白くない毎日を送っていたんだと思ったのは、優越感を知らなかったことだということに気付いてしまった。
優越感を知ってしまうと、自分に自信を持つよりも以上に、まわりを蔑む気持ちが先に現れてくる。
「世の中なんて、思ったようになるんだ」
大人を見ていても、子供の頃が想像できるほどであった。
それまで、
「勉強しなさい」
と口やかましく言っていた親も先生も、
「あまり根詰めて勉強しなくていいのよ」
と裏を返したような言い方になる。さらに母親などは、
「うちの子は……」
などと、自慢の種にしようとするからタチが悪い。普段は優越感がまんざらではないと思っていながらも、その時だけは、思わず唇を噛みたくなる。
恥ずかしいという気持ちとこそばい気持ちが入り交じる。
「自分だったら、いくら肉親でも自分のこと以外で自慢をするなどということは考えられないのにな」
と思うのにである。
それでも勉強を好きなことには変わりなく、その時から自分が、好きなことには一生懸命になれて、成果を見せることができることに目覚めていた。そのかわり、嫌いなことはとことん嫌いで、人にやれと言われても、決してしない性格だということにも気付いていた。そのことが、何ごとも理解してからでないと行動を起こさない性格が起因しているということを忘れかけていた。
自慢に走ると、止まらなくなってくる。親から自分の自慢をされるのは嫌だが、自分から自慢することには厭わない。優越感とはそんなもので、同じ気持ちを人に味合わせたくないというのが、母親の自慢話が嫌な一番の理由ではないであろうか。
そんな佐吉をまわりの友達は疎ましいと思ったのだろう。佐吉に対しての苛めが始まった。
どうして苛められるのか佐吉には分からない。まるで自分の運命であるかのように、苛められることが嫌であっても、仕方がないと思っていた。
だが、そんな佐吉を母親は許せなかった。というよりも許さなかったのだろう。佐吉に対して、
「どうして苛められるか、考えてみなさい」
と言いながら、学校では先生に、
「どうしてうちの子だけが苛められなければならないんですか?」
と食って掛かった。そこまでは当たり前といえば当たり前だが、学校側が善処すると言いながら、一向に状況がよくならなくなると、今度は送り迎えを始めるようになる。
母親としては子供を守るのが当たり前だという感覚でいるのだろうが、子供にしてみれば、恥ずかしさよりも、
「却ってもっと苛められる」
という思いが強い。
実際に苛めが激しくなった。
「黙って放っておいてくれればいいのに」
佐吉は苛めに対して逆らったりはしない。下手に逆らって、相手の気持ちを逆撫でするようなことはしたくなかったのだ。苛めが激しくなることは分かっているので、風当たりの強くない状態でやり過ごそうと考えていた。
「いずれ、ほとぼりが冷める」
作品名:短編集66(過去作品) 作家名:森本晃次