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短編集66(過去作品)

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 紀子に今まで彼氏がいなかった理由の一つとして、恋愛に性的関係を結び付けすぎているところがあった。恋愛とセックスとは切っても切り離せないと思っている。その思いが自分の中の妄想を駆り立てるのだが、夢で相手の顔が出てこないのは、セックスアピールがどのようなものか実際に男性に抱かれたことのない紀子には分からないからだった。
 そんな紀子を母親は看破しているのかも知れないと思った。何もかも知っていて、結婚の話を勧めている。それは、自分が紀子の立場に立ってのものであろうが、育った環境の違いが分かっているのかということを、紀子は考えてしまう。
 母親は引っ込み思案なところがあるが、結婚して子供を育ててくる中で、精神面が錬われてきたのだろう。そう思うと、自分も母親と同じ道を歩むことに対しては抵抗を感じてしまう。
 確かに結婚を意識しない歳ではないが、恋愛も経験してみたい。だが、怖さもあるのだ。それはセックスに対しての怖さで、一度男性に委ねてしまうと、そのまま溺れてしまうのではないかという危惧が紀子の中に確かに存在する。
 恋愛対象になりそうな男性が今までにいなかったわけではない。友達の紹介ということで知り合った男性もいたが、付き合っていくうちに相手の下心が見えてきているようで、そんな男性を相手にするほど自分が安っぽい女ではないという気持ちが次第に強くなってくるのだ。
 男も女も若いのだから、少々の下心や相手を求めるあまり露骨さも仕方がないという思いが紀子にはなかった。要するに男を知らないのだ。
 知らないことは愚かなこと? それとも情けないことなのだろうか?
 いろいろ考えてみたが、頭の中でまとまらない。どうしても、自分に似合う男性はもっと他にいると思い、まわりから高望みと言われようとも、踏み切れない心がある以上、知り合っても長くは続かない。それは身体の関係には至らないことを意味していた。
 紀子は、このまま結婚できなければ、それでもいいと思っている。結婚と恋愛は違うものであり、恋愛できないからと言って結婚できないものでもない。実際に知り合いに見合いで結婚して幸せな人もいる。のろ気を聞かされて、ウンザリくる時もあるが、話を聞いていると、見合いでもいいのではないかと思うようになった。
 紀子は中学時代に片想いをしたことがあった。あれは一時期家庭教師をつけられたことがあった。その時は先生の教え方が上手だったこともあって、一生懸命に勉強したが、急に先生が来なくなってから勉強をまたしなくなってしまったのだ。
 恋愛の対象はその先生だった。なぜこなくなったのか分からないわけではない。そこに母が絡んでいることも。そして、母の言うことを聞かなくなったのもその頃からだった。
 先生が来る日の母はいつもと違っていた。しかも紀子の身体に変調が起きるのもその時で、せっかく先生が来る日になって体調を崩すのはなぜなのだろうと考えたものだったが、それでも先生の顔を見ると安心する。勉強が終わり、先生が家を離れると、また体調がおかしくなるのだ。ほとんどが腹痛だった。
 先生が帰っていくと、母親はとたんに楽しそうな顔をして、夕方から家を出て行く。おかしいと思いながらも、紀子も父親も母には逆らえなかった。その頃になるまでに、母は家庭での自分の地位を確固たるものにしてしまっていたのだ。
 父親が逆らえないのだから、おとなしい娘に逆らえるはずもない。逆らえない父親を見ていると、これほど情けなく見えるものはない。
 紀子との勉強中には、決して部屋に入ってこない。お茶とお菓子を用意している時も、紀子に取りに来させる。それでも、最初から先生と顔を合わせないようにしていたわけではない。途中から顔を出さないようになったのだ。
 一度、先生がトイレを出てきた時に、ちょうど出会いがしらになったことがあったが、その直後くらいに顔を出さなくなったのだ。
 紀子は母親が先生を誘惑したと思っていた。だが、実際にはどちらがというわけではない。母にも先生をまんざらでもないという気持ちはあったし、先生も年上の女性にあこがれていたのは間違いないようだった。
 紀子は先生に気があったのは確かだった。何とか気を引こうとしたこともあったが、先生は決して紀子に気持ちを奪われることはなかった。勉強を教えてくれる時も、世間話をする時も、ほとんど変わりない。
 一度先生に彼女がいるのか訊ねた時も、二つ返事でいると教えてくれた。簡単に教えられるということは、それだけ紀子のことを女として見ていないという証拠である。紀子は誰からも教えられたわけではないが、本能的に察知したのだった。
 そんな先生も年上にだけは頭が上がらないと言っていたことがあった。母親へのコンプレックスだと話していたが、どんなコンプレックスなのかは分からない。分からないことが多すぎるにもかかわらず、どうして母親が誘惑したと思ったのか、それは自分の中にも母親と同じ血が流れていると思ったからだ。
 結局、先生は家庭教師を辞めてしまった。そのまま大学も辞めたという話も噂で聞いた。母親と不倫関係にあったという噂があったわけではない。すべてが憶測の世界のことだったのだ。
 紀子にとっての初恋だったのだろうが、それを認めたくない自分がいる。成就しないのが初恋だというのは分かるが、淡い初恋というのは、ドロドロとしたイメージが払拭できない。しかも疑惑の相手が母親では、何をどう整理すればいいのか分かるはずもない。
 この間、田舎に帰った時に中学の同窓会があった。中学の同窓会は毎年のように行われていて、紀子も二、三年は毎年出ていたのだが、短大に入ってから遠ざかってしまって、今では連絡も来なくなっていた。それでも個人的にいまだ友達でいる人もいる。彼女から同窓会の話を聞いた。
 出席してもいいと思ったのは、自分が都会で垢抜けたことを見てもらいたいという気持ちもあったからに違いない。中学の先生も来るということで、楽しみだった。
 皆それぞれ大人になっていた。結婚している人もいて。子供を連れている人もいた。女性は自分の子供でなくとも子供はかわいいと思うようで、半分おもちゃになってしまった子供が半分かわいそうなくらいだった。
 紀子は、その時、家庭教師をしてくれた先生が、この街に帰っていることを知った。なぜなら、彼は教師になって紀子の母校である中学に赴任していたからだ。きっと軽い気持ちで紀この家庭教師だったことを口走ったのだろう。それだけ先生に不倫の話が持ち上がっていたことを知らなかったのかも知れない。その時街を離れたのは、大学在学中に希望していた海外留学が決まったことでいなくなったのだ。きっと紀子の母親には話しにくかったのだろう。それとも別れが辛くていえなかったのかも知れない。
 先生も海外から帰ってきて、颯爽と教師としてスタートしたようだ。他の先生からの受けもいいらしく、教師としてはまずまずの評価を受けている。なるほど、確かに教え方はうまかった。実力を引き出すかのような教え方には秘訣があるのだろう。ただ、その秘訣も本人の努力で培ってきたもので、努力はどんな天才的な才能にも勝るものだと自負していた。
作品名:短編集66(過去作品) 作家名:森本晃次