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「つかさ」と「つばさ」

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 彼女は自分の好きなことに対しては結構な集中力を持っている。彼女が入学してきた時は、何も趣味もなく、ただ学生生活を無為に過ごしているかのように見えていたが、入学して半年ほどしてくらいからであろうか。彼女は絵画に夢中になるようになった。
 美術部に入部することもなく、一人で図画用紙に水彩画を描いていた。最初の頃はいつも学校の近くの河原で絵を描いていたのだが、途中から裏山にある霊園に出かけて描くようになった。
 最初の頃は、河原から見える風景を描いていたが、途中から一輪の花のように、小さな被写体を絵にするようになった。細部にわたって描かれている絵を見ていると、風景画にはない何かを感じさせた。
――図形だわ――
 小さな被写体はまわりに影響されることなく、それ自身を一面に描き出すことができる。そのため、図画面いっぱいを使って描くことも可能になる。もちろん、図画面のバランスがあるので、すべてを使うのは不可能で、すべてを使うと、被写体の一部が欠け落ちて、全体を描き出すことができなくなってしまう。
 つまりは一つの被写体を題材にするということは、全体図を描く風景画よりもさらにバランスが必要になってくる。全体を描き出す風景画は、バランスというよりも遠近感が重要になってくる。もちろん、一つの被写体にも遠近感は重要で、その遠近感が導き出すものは、立体感だからである。
 全体を描く風景画にはいくつもの立体感を思わせる部分があるが、一つの被写体の場合は、被写体そのものと、背景という大きく分けて二つの境界しか存在しない。それだけに書き損じると、境界が結界になってしまい、その絵の中では二度と立体感を描き出すことは不可能になってしまう。
 それだけ集中力が必要になるということであり、逆に言えば、集中していない時にこそ、いかに集中を持続できるかのようなストレスを溜めないようにしないといけないかということが大切になってくる。
「中江つかさという生徒は、いつも何を考えているんだろう?」
 という先生が多い中、緒方先生だけは、彼らとは別の視点から、彼女を見ていたのだった。
 緒方先生が彼女の絵を覗き込む。するとそこには、一輪の花が描かれていた。最初は風景画ばかりを描いていると思っていた時期だったので、少しビックリさせられた。
「それは、何の絵なんですか?」
 と聞くと、
「これはヒヤシンスです」
 と答えた。
 彼女が目の前にしている風景のどこにヒヤシンスがあるというのだろう? 緒方先生が必死で目の前の光景を探っていると、
「ふふふ、おかしいでしょう? どこにもヒヤシンスなんかないのに」
 と言って彼女は笑った。
「ええ」
 と、少し探りを入れるような目で彼女を見る緒方先生だったが、どこか怖がっている雰囲気もあった。
「私は絵画を最初、目の前にあるものを忠実に描き出すことが、創作に繋がっていると思っていたのよ。でもね、目の前のものをそのまま描くだけだったら、それはマネでしかない。普通に絵画を志す人であればそれでもいいのかも知れないけど、私はそれでは物足りない。何が物足りないのかと思うと、想像力が欠けていると思ったの。だから最初は描いた絵に少しアレンジを加えて、風景にバリエーションを与えようと思って、描いてみたんだけど、やはりそれでも満足できない。だったら、目の前の光景からまったく違う新しいものを自分で創造して、何もないところから新たに作り出すことを考えたの。だから絵のうまい下手は私には関係ないの。いかに自分が満足できる作品が描けるかということが大事だと思っているのよ」
 と彼女は言った。
 この発想はさすがの緒方先生にも理解できなかった。
「じゃあ、あなたにとっての芸術は、完全に何もないところから新たなものを生み出すという発想になるのね?」
 と聞くと、
「その通りです。あくまでも私の自分勝手な発想なんですけどね」
 緒方先生は、彼女の絵と目の前の光景を何度も何度も交互に見ていた。それでも彼女の言っていることが分かるわけではない。却って、
――どうしても分からない――
 ということが分かっただけだった。
 緒方先生は、普段から無難な性格で、問題を起こさないようにしようとばかり考えているような人だった。しかし、人の観察眼に掛けては長けているというのは、自他ともに認めるところであった。
 そんな緒方先生ではあったが、やはり中江つかさの気持ちがよく分からない。分からないだけに一度興味を持ってしまうと、少しでも理解するまでは気になって仕方がない。彼女と話をした日には、彼女が夢にも出てくるくらいだった。
 夢の中での中江つかさは何も言わない。まったくの無表情で、図画用紙に向かってただひたすら描いている。普段は品行方正な彼女のもう一つの顔。そんな彼女を一体どれだけの人が知っているというのか。
 彼女とは皆無難に接してはいるが、真剣に彼女のことを見ている人はいないように思う。彼女が一人でいる時に何を考え、何をしているかを知っている人などいないように思えてならなかった。
 ただ、緒方先生から見て彼女が二重人格ではないように思えた。二重人格ではないが、感情の起伏が感じられないということだけは分かった。品行方正に見えている時も、彼女に感情が現れていないから、まわりからも真剣に見られることはないのだろう。
 目の前にいても、その存在感は皆無に近い。それが彼女の性格であり、彼女自身が望んだものなのか、それとも今まで育ってきた環境から止む負えずに生まれてきたものなのかも判断がつかなかった。
「ねえ、緒方先生」
 と、中江つかさが話しかけてきた。
 その顔は図画用紙を見つめていたが、彼女の声には引き込まれる何かがあった。
「どうしたの? 中江さん」
「先生は、絵を描いたことがありますか?」
 と聞かれて、
「学生時代に、少しだけ美術部に所属していたことがあって、その時描いたことがあったわね」
 それは本当だった。
「どうしても、お願い」
 と、大学時代に部員として入部した時があった。
 その時は、美術部の部員が減ってしまって、部活の規則としての人数がギリギリになってしまったことで、幽霊部員でもいいからという話だったので、とりあえず部員になった。
 だが、絵画には少なからずの興味があったので、せっかくだからと思い、自分でも描いてみた。
「なかなか面白い絵を描くじゃない」
 と他の部員から言われた。
「うまい絵」
 と言われなかったのは気になったが、別に嫌ではなかった。緒方先生にとって、
「面白い」
 という言葉は決してネガティブな意味ではないと思えたからだ。
 それでも、次第に幽霊部員のようになってしまったが、絵を描いたことは事実だった。一度だけだったが、描き方も自己流。それでも自分なりに絵を工夫しながら描いたつもりだった。
 だからこそ、絵を描いている人を見ると興味が湧いてくる。中江つかさが気になったのは、今ではそのきっかけを思い出せないでいるが、ひょっとすると絵を描いているのを見たからなのかも知れない。
――どんな絵を描くんだろう?
 という興味はあったが、最初は遠慮して覗き込むことはしなかった。
 いや、
「そんなところに立たないでよ」