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「つかさ」と「つばさ」

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 と感じた時、自分の身体から力を抜くような感じで、なるべく余計なことを考えないようにしていた。
 それが自分の生き方のように感じていたのは、悟ったかのような感情を持っていたからなのかも知れない。
 念願の教師になれた時は本当に嬉しかった。しかしその思いも一週間もしないうちに冷めてしまったような気がする。だがその一週間は、それから感じる一週間に比べてかなり長かったかのように思う。それだけ緒方先生にとって楽しかった時間が凝縮されていたのではないだろうか。
 ただ緒方先生は男子生徒から告白されてパニックに陥り、その解消の代償に、あまり何も考えないようになった。これは過去にもあったことで、同じ感覚を繰り返しているのだが、本人にはその自覚はなかった。
 中江つかさという生徒は、最初緒方先生の目にはあまり入っていなかった。彼女は品行方正で、いろいろな人と仲良くしているように見えたが、まわりがしらけているのがイメージとして分かったからだ。
――可哀そう――
 というイメージはあったが、可哀そうだと思いながらも、
――自業自得だわ――
 という思いがあったのも事実だ。
 緒方先生の学生時代にも、似たような生徒がいた。しかも彼女はその場の空気を読むのが苦手で、自分が嫌われていることも知らずに、ズケズケと相手の懐に入りこんでくるようなところがあった。
 だが、どこか憎めないのだ。
 彼女はあくまでも無意識だったので、罪はないと言えばないのだが、それだけに迷惑を被っているこちらとしては、不満のぶつけどころがなく、却ってイライラさせられてしまう。
 そう思うと、
――どうして自分だけがこんな思いをしなければいけないのか?
 と思わせられ、彼女には近づかないことが一番だという結論に落ち着いた。
 だが、そう感じてからすぐに、彼女の方から近づいてくる。
「緒方さんは優しいから、私は一緒にいて嬉しいわ」
 その笑顔は見方によっては天使の笑顔なのだろうが、それは何も知らない人にとってのことで、緒方先生にとっては、悪魔の笑顔にしか見えなかった。
 逃げれば逃げるほど付きまとってくる。
――どうして私なの?
 どんなに困惑した表情を見せても、彼女には分かってくれない。
 もし、分かっていてそれでも付きまとってくるのなら、それは悪質であり、強硬に言えるのだろうが、その確証は緒方先生にはなかった。だから、どうしても彼女の笑顔に対して苦笑いをするしかなかった緒方先生を、まわりはどのように見ていたのだろう。
――可哀そうだ――
 と思って見ている人の目はよく分かる。
 しかし、そんな目をしながら何も声を掛けてくれない人は、完全に他人事を装っているのだ。
――人って、他人事のように見る時って、あんな顔をするんだ――
 と、冷めきった表情に感情を映し出すことのない顔に、ゾッとするものを感じた。
 自分が近い将来、同じような表情をすることになるなど、考えてもいなかった。
 だが、自分が人を他人事のように見るようになった時には、過去に他人事のように見る目を感じたということを忘れていた。人というものは自分の置かれている立場や状況が変わると、精神的にも思い出せないことや記憶に封印してしまっていることがあるのだということをその時は知らなかった。
 先生は知らなかったが、その時彼女は緒方先生以外にも同じように付きまとっている女の子がいた。緒方先生が彼女のことを他人事として見ずに、よく観察していれば分かったことなのだろうが、意外と分かりやすいタイプの彼女のことを分かっていなかったことに気付いた緒方先生は、またしても落胆を余儀なくされてしまった。
 その時の彼女と、今の中江つかさとではまったく性格も違っているはずなのに、どうして中江つかさを見ると、彼女のことを思い出したのだろう? それは、中江つかさの中に学生時代に付きまとわれた彼女を見たからで、中江つかさから付き纏われるかも知れないと感じていたが、それも悪くないと思ったのは、やはり中江つかさの中に彼女にはない何かを感じさせたからだろう。
 中江つかさのことをよく見ていると、彼女はまわりからいろいろと当てにされているように見えるが、実際に彼女のことを真剣に考えている人はいないように思えた。
 梯子を掛けられて、昇らされたはいいが、昇ったかと思うと、その梯子を外されて、結局孤立してしまう。しかもその上には、自分たちが助かるための生け贄のための儀式が用意されていて、中江つかさは生け贄のために用意された梯子をただ昇らされただけだったのだ。
 しかも、梯子に昇る前は、利用されるだけ利用され、皆からおだてられることで有頂天になったのだろう。
 相手が有頂天になって喜んでいると、陥れようとしている方にとっては、罪悪感が薄れてくるものではないのだろうか。
「ここまで煽てて、相手を喜ばせたのだがら、これで十分だ」
 と考えさせているのかも知れない。
 それも、彼女の性格によるものなのだろうが、役得という言葉とは裏腹に、しいて言えば、役損とでもいうべきであろうか。
 しかも、そこに他人事という芽が備われば、罪悪感は限りなくゼロに近づいてくるものなのかも知れない。おだてに乗って喜んでいる様子が相手を他人事のような目にさせて、罪悪感を失くしてしまうなどという人間は、そんなにはいないのかも知れない。
 だが、思い出してみれば、今まで小学校から大学までと進級してきて、そんな人がクラスにいつも一人くらいはいたような気がする。
 記憶に残っているのは数人しかいないが、それでも数人はいる。そう思うと、中江つかさという女性はそんな中の一人に思えて仕方がなかった。
――今までなら、自分も他人事のように感じるに違いないのに、どうして今の私は彼女に憧れを感じたりするのだろう?
 その理由の一つに、相手が自分の生徒だからという思いもある。
 生徒と先生というと立場的には明らかに先生の方が上だ。目上という言葉を使い、
「仰げば尊し」
 というではないか。
 もっとも今の時代はそんな言葉は風化しているのかも知れないが、形式的にはその立場は生きている。そう思うと、今まで見ていた目線が違っていることで、中江つかさという女性に対して今まで見たことのない景色が見えているに違いない。
 だが、果たして自分の目線が違っているだけであろうか。
――中江つかさには、私のまだ気付いていない何か特別な思いが備わっているんじゃないかしら?
 と感じていた。
 また、その頃には自分が女性に興味を持つようになっていることに気付いている緒方先生だったので、特別な思いを持って見るその目に、レズっ気が含まれていることをウスウス気付いていたのかも知れない。
 だが、中江つかさの方では、一向に緒方先生の視線に気付こうとはしない。意識しているのかしていないのかよく分かっていないが、意外とそんな悶々とした日々も、後から思い返してみると、普通に懐かしく感じられる時間だった。
 中江つかさは、時々上の空になることがあった。集中力が皆無であり、明らかに、
「心ここにあらず」
 であった。