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「つかさ」と「つばさ」

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 今までは、学生だったこともあり、自分と同じ立場の人が多かった。しかし、教師ともなれば、生徒よりも立場が上で、指導する立場にある。それだけに今までのように孤独を表に出すわけにもいかず、それくらいなら、まだ事なかれ主義を表に出した方がいいという考えに至ったのだろう。
 緒方先生にはもう一つ、他の人にはない特徴があった。それまでの彼女には自分で分かっていなかったことだが、教職に就いたことで、少しずつ自覚できるようになっていった。事なかれ主義はそれまでと変わってはいなかったが、事なかれ主義に徹するということは、まわりを他人事のように見れるということであり、それは冷静に見るということにも綱買ってくる。
 他人事のように見るということであったり、事なかれ主義ということであれば、あまりいい意味では用いられる言葉ではないが、冷静に見ることができるというのはその人にとっての長所であり、いい意味で用いられる言葉であった。
 さらにそのことで彼女は、
――私って、まわりを見る観察眼に長けているのかも知れないわ――
 と感じるようになった。
 それは、何か問題が起こった時でも、一方に思い入れを激しくしてしまい、片方に肩入れするようなことがないということだ。冷静に見ることで目は中立を宣言していて、両者を全体から見ることができるということである。
 ただ、すぐには自分にそんな能力があるということを認識できていなかった。緒方先生はそれほど自分に自信があるタイプの人間ではないので、もしそんな能力が備わっていることを自覚できたとしても、どうしても疑ってみてしまうのも彼女の性格の一つであった。それは石橋を叩いて渡るというような冷静な性格によることというよりも、自分に自信がない方が強いというべきであろう。決して冷静な性格ではないとは言えないが、それだけにその裏の性格の方が得てして強いということもあるというものだ。
 学校に赴任してから、新人であることで余計に自分の殻に閉じこもってしまった緒方先生は、最初の半年で完全に自信喪失状態になっていた。しかし、そんな彼女が自分の長けている部分に気付いたことで、今までの表に出していた自分をそのままに、内面だけを変えるという高等テクニックを用いることができるようになっていた。
 それは、事なかれ主義ではあるが、気になっている相手に対しては、必死になって立ち向かうということであった。彼女のことをただのことなかれ主義の他人事のように見ない人だと言う風にしか感じていない人には決して分からないことだろうが、彼女のことを分かる人には分かるのだった。
 数少ないそんな相手が微々たるものではあるが、そんな人たちにはきっと共通点があるに違いない。
 彼女たちには彼女たちの正義があり、真実もあるのだ。
 そんな緒方先生が自分が求めている相手がどんな女性なのか、考えてみた。
 最初は、
「従順でどんなことにでもしたがってくれる女の子」
 を普通に求めているものだと思っていた。
 自分が男役であるということは、Sだという思いが強かったからだ。Sだということは相手に求めるものはM性である。つまりは、どんなことにでもしたがってくれるような相手でなければいけないと思うのも当然であろう。
 赴任してから最初の一年はまだそんな余裕はなかった。自分が教師としてやっていけるまでの土台を築いておかなければいけないことは重々承知していて、その頃はまだ自分の性癖が自分の生活範囲までを脅かすようになるなど思っていなかった時期だった。
 一年が経つとまわりからは、
「緒方先生もだいぶ先生らしくなってきましたね」
 と、校長先生からも言われ、先輩先生からは、
「今までは一番下だったけど、これからは後輩教師も入ってきますので、そのつもりでいていただかなければいけません。これからも今まで同様に、気を引き締めてお願いいたしますね」
 と、学年主任の先生からも言われた。
 この言われ方は、一応の評価をしてもらっていると見てもいいだろう。緒方先生の一年間の努力は無駄ではなかった。これからいろいろと大変なこともあるかも知れないが、まずは合格ということで、有頂天にもなるというものだった。
 二年目からは晴れて担任教師になることができた。
「先生には、まず一年生を受けもっていただきます」
 K高校は、先生も生徒と一緒に一年生から二年生、三年生へと同時に進級していく。
 クラス替えはあるかも知れないが、同じ生徒たちと一緒に進級していくということは、この学校の理想としているところであった。
 まず受け持ったクラスには、このお話に登場する四人全員がいて、その渦中に飛び込む形で担任になった緒方先生だったが、まだそんなことに誰が気付くというのか。緊張の中で入学式、新学期の始まりと、時間は結構早く過ぎていった。
 緒方先生が中江つかさを最初に気にしたのは、五月のゴールデンウイークが終わってからのことだった。入学式から立て続けの期間があっという間に過ぎると、ゴールデンウイークに突入していた。
――自分が学生の頃はどうだっただろう?
 と過去を思い起してみると、ゴールデンウイークはその年で感覚が違っていた。
 入学早々のゴールデンウイークは、何もやる気が起きず、何をやっていたのか覚えていないほどであった。学校が始まってからというもの、すっかり孤独感が身についてしまい、いわゆる、
「五月病」
 の発症であった。
 その辛さは夏前には解消していたが、何が原因で五月病になったのか、そしてどうして解消することができたのか、自分でも分からない。誰かに助けてもらったわけでもなく自然に解決していたのだ。
 二年目はというと、ちょうどその少し前に好きな先生に告白ができて、先生と一番充実した時期を過ごせた頃だった。
 だが、そんな時期ではあったが、毎日不安に苛まれていたような気がする。その頃は楽しいだけだと思っていたが、夕方になると急に寂しさがこみ上げてくることもあった。それでも楽しさの方が勝ってしまうので、
「余計なことは考えないようにしよう」
 と思うようになった。
 気がつくと、楽しい毎日はあっという間に過ぎてしまうのに、一週間が結構長かったかのように感じていたはずだったが、途中から毎日は充実しているのか、時間がなかなか経ってくれなかったのに、一週間があっという間に過ぎるように思えてきた。
「まさか、破局?」
 という思いが頭を過ぎったのは、その時であった。
 破局という意識を持ってしまうと、それまで充実していたと思っていた時間を急に不安が襲った。
 それはまるで、それまで大きな屋敷で豪華な食事を目の前に、自分を中心に宴会を施してくれていた場面が急に消えて、そこには真っ暗な中、森の中心に自分一人が残された感覚だけがあったような感覚だ。
 キツネに化かされたのだろうが、一瞬何が起こったのか分からない状態から、少し落ち着けば、今度は訳が分からないだけに、パニックに陥ってしまう。いわゆる、
「段階的な恐怖」
 とでも言えばいいのか、その時の破局の二文字は、まさにそんな感覚だった。