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「つかさ」と「つばさ」

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「自分の中にもう一人の他人がいる」
 ということである。
 自分の中にもう一人の自分を感じたことのある人というのはたくさんいるだろう。しかし自分の中にもう一人の他人を感じたことのある人などいないのではないだろうか。
 その思いが表から見ている時に感じた、棚橋つかさの矛盾だった。
 もう一人の他人が、どこかにいる人なのか、それともやはり似ていないだけで、それは自分自身なのか、棚橋つかさも分かっていなかった。しかし。もう一人の他人が自分だった場合、棚橋つかさはイメージが変わってきた。
「自分の前と後ろに鏡を置いて、そして鏡に写っている光景をずっと注視して見ていくと何が見えてくるか」
 ということである。
 そこには、どんどん小さくなってはいくが、自分の姿が前からそして後ろからと、交互に映し出されていく。そして最大の問題は、どんどん小さくなっていくのに、無限に続いていくということである。肉眼で見えるか見えないかは二の次として、無限に見えているというのは、理論的に正しいことなのかと考えさせられてしまう。
 そんな棚橋つかさに、なかなか人が寄ってくることもなかった。
「あの子一体何を考えているのか分からない。いつもぶつぶつ独り言が多いし、言っていることもトンチンカンで、何を言っているのかって思うわね」
 と、まわりは彼女のことをそう言って、遠ざけていたのだ。
 気持ち悪いとまで思われていた棚橋つかさだったが、緒方先生とは気があった。
 緒方先生も今まで誰にも言えなかった考え方をやっといえる人ができたと思い、喜んでいた。棚橋つかさも、先生の存在が今までの自分に何が必要だったのかということを分からせてくれたのだ。
 そう、二人ともお互いのことを分かってくれる人がほしかった。しかも、その相手が矛盾というキーワードで繋がっていることが嬉しかった。
 しかし考えてみれば、二人を結ぶキーワードは矛盾という感覚でしかなく、矛盾をお互いに分かり合えないと、二人はニアミスのまま、
「交わることのない平行線」
 を描いていたに他ならない。
「緒方先生なら私の考えを聞いていただけると思います」
 と言って前後に鏡を置いた時に感じる、
「無限への矛盾」
 について話した。
 しかし、そのためには、棚橋つかさの中にいる、
「もう一人の他人」
 という考えを言わなければいけない。
 棚橋つかさが先生にこの話をする時点で迷ったのは、矛盾という考え方を話すというよりも、自分の中にいるもう一人の他人という思いを分かってもらえるかどうか心配だったからだ。
「自分の中に他人がいると思うから、あなたは鏡を思い浮かべたんだ」
 と、先生は至極当然のことを、感動したかのように話した。
 普通であれば、オーバーリアクションに相手は冷めてしまうのだろうが、棚橋つかさは冷めるどころか、そこに先生の魅力を感じた。
――先生だって、そんなことは百も承知のはずなのに、それでも敢えてオーバーリアクションを取るのは、本当に感動した気持ちからなんじゃないかしら?
 その思いは次第にお互いの分かりにくい部分を透過して見せているように感じられた。
――緒方先生は、もう一人の他人が、自分自身ではないかって分かっているんじゃないかしら?
 と棚橋つかさは感じ、
――この子なら私のこれまでの鬱憤を晴らしてくれる女性になりうる素質が感じられるわ――
 と緒方先生は感じたのだ。
 お互いにこれでもまだ平行線なのだが、棚橋つかさにはそれが一番いい状態であることが分かっていた。
 緒方先生もハッキリとは自覚はしていないが、二人の感覚はほぼ同じで、同じでなければ、声に出していない感覚を、まるでテレパシーのように感じられることなどないに違いない。
(この矛盾が最後のキーワードになるのだが、これはのちほどのお話として、本題に戻ることにいたしましょう)

 棚橋つかさが坂田つばさのことを意識し始めたのは、緒方先生に理由があった。
 緒方先生の異常にも感じられるその視線を浴びていると意識し始めると、誰かに助けを求めたくなってきた。棚橋つかさが今まで求めていた助けてくれる相手は先生だったのに、その先生から逃れるために誰かに頼らないといけないと思うと、そこに今までにはなかった、
「負のスパイラル」
 が潜んでいることを不安に感じていた。
 実際に棚橋つかさはポジティブに物事を考えられる人ではなかった。その思いは今までになかったものを形成している予感がしていた。棚橋つかさにとって緒方先生はまるで、
「必要悪」
 のようなものではないかと思っている。
 先生の存在がなければ今の自分はないのに、先生の存在が今後の自分を負に追いやってしまいかねない存在になっていた。それを思うと棚橋つかさは何を信じていいのか分からなくなり、
――先生とは違う雰囲気の人にとりあえずは頼ろう――
 と思うようになっていた。
 その時に意識し始めたのが、転校生の坂田つばさである。
 彼女には先生とは違う何かがあった。それを棚橋つかさは頼りがいだと思っていた(実際には違うのだが)。
 彼女が転校生であるということも彼に目を付けた理由だった。転校生であれば、今までの自分も、クラスにおける自分の立ち場も、先生との関係も何も知らないだろうからであった。
 その頃の棚橋つかさは、実は先生と一度淫靡な関係になったことがあった。その時の棚橋つばさは、
「もうどうなってもいい」
 というほどまでに精神的に追いつめられていた時だったので、そんな時に絶妙なタイミングで忍び寄ってきた先生を避けることができなかった。
 むしろ積極的に受け入れたと言ってもいいだろう。精神的に弱っている時というのは、頼りがいのある人にもたれかかりたいものなのだと自覚していたが、実際には自分が絶えずそんな相手を求めているということには気付いていなかったのだ。
 先生は棚橋つかさにとってその場しのぎであってもいいと思っていた相手だったのだが、先生の方では、まるで、
「飛んで火にいる夏の虫」
 と思えるほどだったに違いない。
 それだけに先生の中に眠っていた独占欲というものを目覚めさせてしまったのかも知れない。そういう意味では先生の視線は自業自得とも言えなくもないが、背に腹は代えられない。怖いものは怖いのだ。
 一度は委ねたこの身体、一度委ねたことで後悔してしまったことにより、
「これ以上はもう後悔したくない」
 という思いはさらに強くなり、坂田つばさに助けを求めたくなったとしても、それは仕方のないことではないだろうか。
「ねえ、坂田さんは転校してきてからお友達ってできた?」
 明らかに友達がいないことを承知の上で、棚橋つかさは彼にそう言った。
 本当は彼女に頼りたいくせに、自分の方が立場が上であるかのように装うのは、最初から自分の立場が下だと相手に思わせてしまうと、自分までもが立場が下なように感じてしまうからだった。
「ううん、なかなか友達なんてできないよ。最初は僕が転校生で珍しいからなのか話しかけてくれる人も多かったけど、飽きると誰も話しかけてくれない。寂しいものなんだね」
 と彼女は言った。