「つかさ」と「つばさ」
元々、男女は別の人種と言える肉体的にもまったく別の生き物なので、半分というのはおかしいとも思った。しかし、男女というのは、世界の人口でも微妙な差こそあれ、ほぼ半分半分ではないか。男が生まれる確率と女が生まれる確率は半々だと言っても、ここまで半分にうまくできているものだろうか。そこに何かの力が加わっていると思っても無理もないことなのかも知れない。
「じゃあ、男女は元々一緒だったという考えは成り立つんだろうか?」
阿修羅面のイメージがなければ、そんな発想をするはずもなかった。
男性も女性もお互いに思春期になれば惹かれあうようにできていて、成人すれば、子供を生める状態になる。何ら疑いを持つことをせずに、二十歳前後で結婚したり、結婚できなくても、してみたいと普通なら感じるのだ。
「元々の姿に戻ろうとするんだろうか?」
と考えてみたが、ハッキリとは言いきれない。
「お姉ちゃん」
と、半分半分を思い浮かべていると、死んだはずの姉の姿が思い浮かぶようになった。
sれほど後ろ姿しか見えていなかった姉がこちらを向こうとしている。まるでコマ送りのような映像だった。
かすみが掛かったように視界はぼやけている。視界などハッキリしていない状態だったのだ。
姉の顔を思い浮かべるようになった棚橋つかさは、その時になって自分の中にいるもう一人の別人が、女性であることに気付いた。姉ではない誰か、それが本当の自分だと気付くまでにはそこから少し時間が掛かったのだった……。
坂田つばさ
棚橋つかさと中江つかさのクラスに、一人の女の子が転校してきたのは、棚橋つかさが自分の中に姉以外の女性がいることに気付き始めた時だった。
転校生が来るという噂は聞いていた。ただ、それが男性なのか女性なのか、棚橋つかさには分からなかったが、そんなことはその時の棚橋つかさには関係のないことのように思えた。
「はい、それでは皆さん席についてくださいね。。転校生を紹介します」
緒方先生が、そう言って転校生を連れてきた。
黒板に比較的大きくチョークで名前を書いていく先生、書き終えると生徒の方を振り返り、
「えー、転校生の坂田つばささんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
と、先生はニコニコしながら言った。
「じゃあ、坂田さん、自己紹介をお願いします」
と先生に促された坂田つばさは、
「あの、私は坂田つばさと言います。九州からやってきました。皆さん、宜しくお願いいたします」
と、丁寧な挨拶であったが、皆少し拍子抜けしているようだ。
なぜなら彼女の表情はずっと無表情で、声にも抑揚がなく、まるで棒読みをしているかのようだった。
すると、クラスの中で、いつも一言多い男子生徒が茶化すように、
「へえ、つばさちゃんか、このクラスもさらにややこしくなるよな」
と言った。
皆心の中で、
「余計なことを」
と思ったかも知れないが、言った言葉に対しては、
「もっともだ」
と思っていたことだろう。
名前で「つかさ」が二人もいるのに、さらに今度は「つばさ」と来る。しかもつかさは男女いるではないか。
この物語ではまだ登場していなかったが、実は「つばさ」という名前の生徒はもう一人いたクラスが違うので、誰も気にしていなかったが、このクラスに「つばさ」が一人増えれば少しややこしいというのも無理もないことだ。
確かにつばさは別のクラスではあるが、一人だったので気にもならなかったが、自分たちのクラスに入ってきて、しかも、つかさと同じように男女が対でできてしまったことは偶然だと言えるだろうか。
彼女のことは、最初からクラスに馴染む雰囲気ではないと皆が感じていたので、彼女任近寄る人はいなかった。下手に近寄って、今度は自分がクラスの皆から総スカンを食らってしまってはたまらない。そんなリスクを冒してまで、別に仲良くなりたいとも思っていない相手に気を遣う必要などあるわけもないだろう。
特にこのクラスは、最初からいた人であっても、少しでも馴染めないと、結構きついかも知れない。誰か一人中心になっている人がいるわけでもなく、最初から烏合の衆のようなクラスだった
逆に一人でもカリスマ的な存在の人がいれば、その人を中心に、それなりにグループが結成されるのだろうが、それもない。晃かな仲間はずれがいるわけではないが、クラス全体にまとまりはまったくない。そのため、ちょっと何かあれば、完全分裂の危機を孕んだクラスだった。
皆それでもいいと思っている。一人だけ憂慮している人がいるとすれば、それは緒方先生だけではないだろうか。せっかくの担任なのに、クラスにまとまりがないと、自分の教育に自信がなくなってしまう。それが怖かったのだ。
なるべくクラスに溶け込むように接してきた緒方先生だったが、転校生である坂田つばさがクラスへの起爆剤になればいいと思っていたが、実際には起爆剤どころか、さらにぎこちなさを増す結果になってしまった。
――やっぱり私が何か打開策を考えないといけないのかしら?
と緒方先生は考えていたが、坂田つばさのことを気にしている人が一人いることを先生は分かっていた。
――棚橋さん――
棚橋つかさを見ていると、その視線が絶えず坂田つばさに送られていることが分かってきた。
その視線は棚橋つかさが意識している場合はもちろんのこと、無意識に視線が離れない時もあるくらいだ。
――よほど気になるのかしらね――
と感じたが、自分もどうしてそこまで棚橋つかさのことを気にするのかが分からなかった。
緒方先生は今までにも自分が気にした相手が他に気になる人がいるということを分かったうえで、気にすることをやめなかったことがあった。棚橋つかさを気にしているのに、その彼女が気にしているのが坂田つばさであるということに気付いた時はショックだったが、
――ああ、また同じことの繰り返しだ――
と半ば諦めがちになっていた緒方先生だったが、それでもいいように思えているから不思議だった。
緒方先生が、今までに自分が気にしている相手が、他の人を意識しているのと同じように、棚橋つかさもそんな雰囲気の性格を持った女性だった。
だが、緒方先生が自分の性格に気付いているのに対し、棚橋つかさは気が付いてはいるが、別にそのことを意識しているつもりはない。
――だから、どうしたっていうの?
という程度のもので、緒方先生の感じていることとは少し違っていた。
棚橋つかさが淡泊なところは分かっていたが、ここまで淡泊だとは思っていなかったのだ。
坂田つばさを見る目が、日に日に変わってくるのを緒方先生は感じていた。
――何となく、嫌だわ――
ムズムズした感情が緒方先生の中に沸き起こる。
それは、棚橋つかさの坂田つばさを見る目が明らかに他人を見る目とも違っている。緒方先生も自分を見る目が少し違うと思っていたが、自分だけへの視線が違っているということで喜んでいたのだが、実際には他に違う人がいるということが分かると、本当にショックだった。
「あの、緒方先生」
作品名:「つかさ」と「つばさ」 作家名:森本晃次