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「つかさ」と「つばさ」

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 出しゃばったことは嫌いで、だから前に出ることもしない。クラス委員にいてもいいような彼女だったが、自分から立候補もしなかったし、まわりからの推薦もなかった。
 これには担任の先生も驚いた。
 担任の先生は女性の先生で、名前を緒方先生という。彼女は本当にことなかれ主義の性格で、先生になったのも別に先生に憧れていたというわけではなく、大学で教育学部だけしか合格しなかったので、大学では先生になるということに何の疑問も感じることなく、卒業した。ある意味どこにでもいそうな人なのだが、ここまで徹底している人は少ないのかも知れない。
 中江つかさは、密かにそんな先生に憧れていた。中江自身は先生に対して、
「先生として尊敬していた」
 というだけで、それ以上の感情を抱くことはなかった。
 だが、緒方先生の方はどうだろう?
 緒方先生はいつも孤独だった。ことなかれ主義になったのも実はそんな孤独な性格が災いしてのことだったのだが、緒方先生自身は災いしているとは思っていなかった。
 緒方先生はこの学校の卒業生である。だから知っている先生も多いはずなのに、なぜか先生の中でも浮いていた。緒方先生のことを、
「あの人、いつも一人でいるくせに、一本筋が通っているわけではないので、すべてにおいて中途半端なのよね」
 と陰口を叩かれることが多かった。
 だが、彼女をよく知っている先生は、
「そうなのかしら? 彼女は学生時代には結構品行方正な性格だったと思うんだけど、でも皆さんの言うように変わってしまったのかしらね。何が一体彼女を変えたのかしらね?」
 という先生もいた。
 だから、この先生も疑問を抱きながらも、他の先生に逆らってまでも、緒方先生を擁護する様子ではない。どちらかというと緒方先生が変わってしまったということを強調し、自分が裏切られたとでも言いたいような雰囲気だった。
――ひょっとすると、彼女は何かを知っているのかも知れない――
 同僚の先生はそう思うのだった。
 実際に同僚の彼女も緒方先生から裏切られたわけではない。裏切られたわけではないのに、なぜか苛立ちを隠せない自分に対して苛立っているのかも知れない。
「ねえ、緒方先生って、少し変よね」
 と、クラスの女子の間で噂が立ち始めていた。
「変って、何が?」
 まだよく分かっていない生徒は、気付いた人の話に興味を持って見ていた。
 彼女も実はよく分かっていないだけで、緒方先生には違和感を感じていたからだ。その違和感を教えてくれる相手が目の前にいることで興味を抱くのは当たり前というものだ。
「緒方先生って、いつも人当たりがいいんだけど、それだけに何でも他人事のように感じられるのよ。これって先生としてどうなの? って感じでしょう? これから私たちは大学受験だったり、就職活動だったりでいろいろ相談に乗ってもらわないといけない存在じゃない。そんな人が何でも他人事ってどういうことなのかって私は思うのよね」
 と彼女は言った。
「なるほど。私も先生が私たち相手にどこか上の空なんじゃないかって気付いたことはあったんだけど、それ以上深く考えたことはなかったは、どうして相手が教師だって思うからなのかも知れないわ。先生と思っただけで、自分にはあまり関係ないって思うのは、先生に対して拒絶反応を示しているからなのかも知れないわね」
 と答えた。
「でしょう? 私が考えすぎなのかも知れないとも思ったんだけど、先生が他人事のように自分たちを見ていると考えると、今度はまた別の意味で先生に違和感を感じるようになったの」
「えっ? どういうこと?」
「私がすぐに相手に思い入れを激しくする悪い癖があるからなのかも知れないんだけどね」
 と、一旦前置きを入れてからさらに続けた。
「あの先生ね。私たちを見る目が異常な気がするのよ。他人事だと相手を感じているのであれば、その人の目線というのは、上から目線ではないかって私は思うのよね。でも、あの先生が私たちを見る目は、下から見上げるような目で、何かモノほしそうな目になることがあるのよ。本当に私の考えでしかないんだけどね」
 という彼女に、
「そうね。それは私も感じていたわ。だから余計にあなたが最初に言った。先生が他人事のように見ているという言葉を全面的に信用することができなかったの。微妙なイメージを感じていたわ」
 ここでいう微妙という言葉は、あまりいい意味ではない。
 一種の悪口に近い言葉で、相手の言葉を否定したいと感じているのかも知れない。
「あなたの言う通りだし、今私もあなたの意見を聞いて、ハッとした部分はあるわ。実際にどうしてそう感じなかったのかってね。いつもであれば、気が付きそうなことなんだけど、それに気付かないということは、それだけ私の目が先生に対してブレた目線を示しているということなんじゃないかって思うわ」
 というと、
「そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うのよ。人それぞれに考え方や見方がある。どちらが正解でどちらが間違いだなんて決めていいのかって思うわ。実際にどっちが本当でどっちが間違いなのかはハッキリしているとしても、それを誰が判断できるのかって、それこそ微妙なのよね」
「皆の目は平等ということかしら? でも、それじゃあ面白くない気がするわ」
「そうね。だからいろいろな意見があってもいいと思うし、たとえば同じ考えに見える人たちでも、一人一人を厳密に見ていると、皆それぞれ微妙に違っているものね。それをうまく合わせる人がいるから、一つの団体として成り立っているのかも知れないわね。つまりは団体の中で中心にいる人よりも、それに合わせる人がいるから成り立っている。カリスマよりも重要なことなのかも知れないわね」
 二人は、そこで少し会話を切った。
 お互いに、この話の結論に近づいていたはずなのに、いつの間にか話が脱線してきていることに気付いたからだった。
 一寸ほど時間があってから、最初に問題提起した彼女が話し始めた。
「先生の視線なんだけど、私はなんだか、舐められているような視線に感じられるのよ」
「というと、私たちが見下されていると?」
 普通は言葉を聞いただけではそう思うだろう。
「いえいえ、そういう意味じゃなくて。私たちを頭の先から足元まで舐めるように見ているという意味よ」
「あっ、そういうことね」
 言葉というのは難しいと感じた。
「そうなのよ。でも不思議なのは、先生は男子生徒に対してはそんな視線はないのに、女生徒にだけ舐め回すような視線なのよ。私はそれが気持ち悪くって」
 彼女が、最初に、
「私」
 ではなく、
「私たち」
 と言ったのは、自分に対してだけではなく、他の女の子に対しての同じような視線を感じているということだろう。
 そのことを話し相手の彼女には分かっているのだろうか?
「私はそんな風に感じたことはなかったわ。もし感じたのなら、気持ち悪くて先生に対して拒否反応を示すはずだわ」
 彼女は本能的に動くタイプの人だった。
 だから、相手が自分に対して敵意を示したり、必要以上に馴れ馴れしかったりすると拒否反応を示す。そういう意味で彼女も友達の少ない人だったが、数少ない彼女の友達も皆彼女のような性格で、いわゆる
「似た者同士」