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「つかさ」と「つばさ」

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――両親は自分が姉のことを分かっていると感じているのだろうか? もし分かっていなかったとすれば、それだけで罪だが、分かっているとすれば、確信犯として、もっと大きな罪だ――
 と思っていた。
――だったら、どうすればいいのか?
 両親に分かるはずもない。
 分かっていれば、もう少し状況は違っただろうし、死んだ姉のことに対して、今まで成長した姉の姿を想像しようとしても想像できなかったなどということはなかったのかも知れない。
 人の死に対して、死を体験した人にしか何かを言う資格はないのかも知れないが、少なくとも死に関わったまわりの人にも少しは何か報われるものがあってしかるべきではないかと棚橋つかさは思っていた。
 姉が死んでから少しの間、家庭内はギクシャクしていた。
 それは分かっていたことではあったが、
「家にいたくない。息をするのも苦しいくらいだ」
 というレベルのものであった。
 姉が死んでからというもの、母親は完全に憔悴状態になっていて、感情が表に出てこない。
 父親も仕事と称して、家に帰ってこなくなった。ひょっとして、家の外に誰か他に女性がいるのかも知れないし、どこか、癒されるところを探し歩いているのかも知れない。どちらにしても、両親の確執は決定的で、離婚も秒読み状態に近い感じだった。
 だが、子供を亡くした家庭というのは、大なり小なり、そんな状態に陥るものなのかも知れない。気が付けば父親も家に帰ってくるようになっていたし、母親も家事を無難にこなしながら、近所付き合いも復活しているようで、子供の棚橋つかさが見ても、
「ああ、よかった」
 と、安堵の溜息が出るほどであった。
 そこまで回復するまでの棚橋家は、半年近くかかっただろうか。つかさにとっては、その期間を長かったと感じていたが、過ぎてしまえばあっという間だった。
 ベタな臭いセリフのようだが、
「雪は必ず解けるものだ」
 ということなのだろう。
 姉のいない家庭は、以前とは明らかに違っていた。
 明るさはなかったが、姉の病気を気遣うこともなく、皆が自由な時間を持つことができるからなのか、緊張感はなかった。
 だが、棚橋つかさは、
――俺が望んだ家庭って、こんなものだったのかな?
 というものだった。
 病気になった姉が悪いわけではないと思ったが、
――お姉ちゃんがいなければ、もっと普通の家庭だったのに――
 と何度感じたことか。
――じゃあ、普通の家庭って?
 と今ではそう思う。
 その時はそこまで考える余裕はなかったが、何を持って普通だと言えたのかということを、棚橋つかさは分かっていない。
 友達の家には何度か夜まで行っていたことがあった。家に帰っても誰もいるわけではない。母は姉の入院している病院につきっキリ、父は仕事で遅くなる。その時の父は本当に忙しかったようで、残業を余儀なくされていた。しかし、
「残業している方が、嫌なことを考えなくていいから気が楽だ」
 と、つかさが聞いているとも知らずに、母と話をしているのを、立ち聞きしてしまった。
 つかさの名誉のために言っておくが、その時の立ち聞きは、したくてしたわけではない。トイレに入っていて、出ようとした時、キッチンから両親の会話が聞こえてきたのだ。
 声のトーンは低くしていたが、つかさの方もなるべく音を立てないようにしていたので、少々の声は聞こえてくる。
――ここまで我が家は、ギクシャクした家庭になってしまったんだな――
 と、つかさは感じざる負えなかった。
 父親と母親が子供に気を遣えば遣うほど、子供に負担になっているということを、両親は気付いていないのか、それがもどかしかった。
 確かに姉のことで頭がいっぱいなのは分かるが、もう少しは自分のことも見てほしいと思うつかさだった。
 姉が死んでからの半年は前述のようにギクシャクした家庭で、崩壊も考えられた家庭だったが、普通に戻ってからは、今度はつかさのことをやけに気にする母親になっていた。
 過保護とはまた違っていて、かといって、英才教育のような極端な構い方をしてくるわけでもない。
 ただ、一言多いだけだった。
 言わなくてもいいことをどうしても一言言ってしまう。母親を見ていれば、言わなければ自分の気が済まないと思う何かがあるのだろう。
 後で分かったことだが、その時の母は、父の浮気を密かに感づいていたようだ。そこでいざとなった時、息子のつかさを味方に引き入れることで、自分の立場を強固にしようと思っていたのだろう。
 それとも息子を理由にして、父親を責める材料にしようとでも思ったのか、母親の露骨とも言える構い方は、次第に億劫に感じられるようになってきた。
 父親はそんなこととはつゆ知らず、家には普通に帰ってくるようになった。母親に文句の一言も言わない代わりに、口数はまったくなかった。喧嘩にもならないが、一触即発の緊張感が、以前の崩壊危機の家庭とはまた違ったものがあり、
――もう、うんざりだ――
 と、棚橋つかさに感じさせ、
――どうでもいいから、どっちが得をして損をしてもいいから、早く決着をつけてくれないかな?
 と思った。
 離婚ということになると、どちらかについて行くことになるのだろうが、普通であれば母親について行くことになるだろう。つかさはそれでもいいと思った。父親がいなければ、自分と二人きりなら、母親もそんなにプレッシャーも感じないだろうと思ったのだ。
 だが、つかさの思いは、考えすぎで終わってくれた。二人は離婚などするとこもなく、普通の家庭に戻った。だが、つかさはさすがに今度の平和な家庭も信用はしていなかった。――いつか近い将来、何かが起こる――
 という思いがあり、安心することができなかったが、今度は本当に落ち着いたようで、両親が喧嘩をすることもなくなった。
 会話もそれなりにしていることで、その状態が半年も続けば、つかさの方も安心して、家庭の憂いを断つことができたと思ったのだ。
 その頃から、つかさは姉の顔を思い浮かべるようになった。それは自分の知っている姉ではなく、
「生きていたら」
 という但し書きのつく年齢の姉の姿だ。
 生きてさえいてくれれば、どうやったって、姉においつくことはできない。分かりきっていることが当たり前のはずなのに、今では姉の生きていた年齢をはるかに追い越してしまった。
 そんな姉の姿を追いかけることで、姉の顔が次第に分からなくなった。
「永遠に追いつくことができない」
 という思いが嵩じてしまったのか、棚橋つかさには姉の後ろ姿しかイメージできなくなっていた。
 年齢的には追いついてしまって、すでに追い越してしまっているので、姉の後ろ姿しか見えないというのはおかしな話なのだろうが、姉が死んでしまっているという事実を認めたくはないという気持ちとは裏腹に、
「姉はもうこの世にはいない」
 という思いはハッキリとあった。
 その思いからか、姉が生きていた年齢まで自分が振り返ることはできないという勝手な思い込みからか、それとも振り返るのが怖いからという理由からなのか、後ろ姿しかイメージできなくなってしまったのだ。