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「つかさ」と「つばさ」

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――意外と鋭い人なのかも知れない――
 と感じていた人は、自分だけではないと緒方先生は思っていた。
 今から思えば、勘が鋭いというよりも、どちらかというと、
「的確な見方ができる人」
 というのが正解なのかも知れない。
 彼の言葉の一言一言に無駄な部分は一つもない。だからこそ、その言葉にドキッとさせられる魔術が含まれているのだった。
 人の言葉に魔術があるというのも、その時に初めて知ったことだった。ドキッとさせられる表現など、そんなに頻繁にあるものではない。逆に頻繁にあるようなら、却って魔術としての効力は薄れてくるというものだ。
 だがそのうちに感じたこととしては、
――ドキッとさせられる言葉って、意外と自分の考えていることを指摘された時に感じる言葉だったりする――
 ということであった。
 しかも、自覚のない無意識に考えていることを、自分でも無意識なのに、あまり自分と話をしたことのない人からいきなり指摘されるとドキッとするのも当然と言えば当然である。
 棚橋つかさという生徒が勘の鋭い生徒だということに気付いたのは、中江つかさに対する態度を見ていたからだ。
 つまり、緒方先生が中江つかさに意識がなければ、棚橋つかさという生徒を意識することもなかったかも知れない。中江つかさという生徒を見ていたのは緒方先生だけではなく棚橋つかさも同じだったということだ。
 その意識の強さは緒方先生の視線とは比較できるものではないのかも知れないが、緒方先生の中では、
――私よりも強いものに感じるわ――
 というものであった。
 中江つかさの方としても、緒方先生の視線よりも棚橋つかさの視線の方を強く感じているようで、たまに拒否反応のようなものが棚橋つかさに向かって浴びせられているように思ったが、気のせいだったのだろうか。
――気が付けば、中江つかさと棚橋つかさは自然と近くにはいるのだが、その距離は微妙で、近すぎることもなく、遠すぎることもない距離感だ。つかず離れずという言葉は、まさしくこんな距離感を言うんじゃないだろうか?
 と、緒方先生は感じていた。
――そういえば、棚橋つかさって生徒は、初めて見るという気がしないんだわ――
 と感じていた。
 最初にそのことを感じたはずなのに、棚橋つかさの顔を最初に覚えることができた時、なぜか緒方先生は、感じたことを忘れていた。感じたものを忘れていたというよりも、感じたこと自体を忘れていた。そこに自分の中の何かが影響しているとすれば、彼に対する拒否反応のようなものではないだろうか?
 しかし、拒否反応だとすれば、顔を覚えられたというのもおかしなものである。自分に関係のある人を思い起させるはずなのに、その人を思い起したくないという感情が、自分の中にするというのか。
 緒方先生が、今の段階で思い出したくない相手がいるとすれば、それは高校時代に好きだった先生のことだろう。
――もう少しうまく付き合えれば、思い出として記憶することもできただろうに――
 と感じていた。
 先生との別れは自分にとって突然だっただけに、今でもどうして別れなければいけなくなったのか分からない。別に先生に奥さんがいたわけでもなく、ただ自分が高校生で、しかも教え子だったということが学校側の問題になったのだとすれば、もう少し先生も、
――私のことを考えてくれてもよかったのに――
 と考えたものだ。
 だが、まだ高校生といえば子供である。もちろん、その頃の自分は子供だなんて意識はない。だからこそ先生と付き合うということだってできたんだし、先生も大人のオンナとして見てくれたのだと思っていた。
 先生がどんな気持ちで付き合ってくれていたのかという想像は、嫌というほどしてみたものだ。
――ただ生徒と付き合うというアバンチュールを楽しみたかった?
 いや、もしそうだとすれば、もう少し用心深いところがあってしかるべきだ。
 先生の行動は、今から思えば先生と生徒の秘密の恋を貫いているにしては、甘いところがあった。正直者に見えたことが好きになった理由だったので、先生にそんな用心深さを求めるのは酷なのかも知れないが、責任という意味ではしっかりしてほしいと思っている。自分の中で矛盾を抱えていた緒方先生は、知らず知らずのうちに先生に対して、
――申し訳ない――
 と感じていたに違いない。
――では、本当に愛してくれていたのであろうか?
 それも怪しいかも知れない。
 先生が本当に愛してくれているのだとすれば、二人で愛の逃避行くらいの覚悟があってもよかったはずだ。それなのに、先生はアッサリと見つかってしまった時、自分の罪を認めて、学校側の下す裁可に素直に従うことを早々と決めていた。
 その上で、
「緒方君も、将来がある。僕はこれ以上君の将来を傷つけるようなことはしたくないので、問題を大きくしないように何とかするつもりだ。だから、僕たちはもう終わりにしよう」
 と言った。
 その言葉を聞いて、緒方先生は身体から一気に力が抜けてしまった。
「何言っているの。私は先生を愛しているのよ。愛し合っている二人なら、どんなことだって乗り越えられるはずよ」
 と言いたかったはずなのに、彼の言葉に対して、何ら返事をすることができなくなってしまった。
 緒方先生に詰め寄る言葉を、学校側に交際を見つかってからずっと頭の中で反鐘していた。
――それなのに――
 緒方先生の身体から力が抜けてしまったのは、その言葉を口にできる勇気を先生の言葉がぶち壊したことで、それまで張っていた気が、一気に崩れてしまったのだろう。
 緒方先生の目がそれまでとまったく変わってしまった。
 それまでの暖かい眼差しが、完全に冷淡になり、そのせいか、見下ろされているという思いに駆られたのだ。
「先生はまったく違う人になってしまったのね。私の好きだった先生はどこに行ってしまったの?」
 というのがやっとだったが、その言葉に対する先生の態度は、それまでの見下ろしている態度から一転し、申し訳なさそうにうなだれていた。
――こんなにも一瞬で、人間ってまったく違う人になってしまうんだわ――
 と、それまで感じたことのない人間の精神による形相の変化をマジマジと見せつけられたことで、また身体から力がスーッと抜けてしまっていた。
――もう、この人は他人――
 と思うと、先生の顔を確認できなくなってしまった。
 顔は見えているはずなのに、のっぺらぼうのように感じていた。
 それ以来、先生と面と向かって話をすることはなくなり、そのうちに先生は学校を去ることになってしまった。
――もう先生の顔が思い出せない――
 先生がいなくなって数日で感じたことだった。
 もっと言えば、先生が在学中にもすでに先生の顔を思い出せなかった。直視しても、イメージはのっぺらぼう。これは緒方先生の精神が作り上げた幻想なのかも知れない。
 緒方先生は、それから恋愛はしていない。大学時代に男の子の友達は何人かいたが、付き合おうとは思わなかった。彼らも緒方先生に対して好意を持っていたのかどうか分からず、少なくとも告白されたことはなかった。
 寂しいという気持ちはあった。