短編集65(過去作品)
思い出そうとしても思い出せない。あの時から時々記憶喪失に陥ることがある。イメージとしては残っていても、ハッキリとした形で残らない。それも執筆の後遺症の一つではないだろうか。
自殺した原因がまるで自分にあるかのように書いてしまったからだ。どうしてそんなリアルな発想がその時にできたのか不思議だったが、エレベーターの中の不思議な感覚についても書いた気がする。
小説を書き始めてから過去のことが覚えられなくなった。記憶が飛んでしまうというのか、続けて作品を書いていくうちに、自分がたくさんの人格を持っていて、たくさんの人になりきってしまう感覚に陥ってしまったからだと思っている。
それはそれでいいと思っていた。記憶力よりも想像力に長けていることを自分が望んだからだ。
今回自殺した人は自殺の理由が見当たらないらしい。ただ、誰かを恨んでいたことだけは確かなようで、
「でも、自分から死を選ぶような人だと思わなかったんだけどな」
というのが、まわりの意見だった。
「自殺した人がうわごとで言っている言葉があるんですが、“エレベーターが急に上に上がった”という言葉を繰り返しているんです」
下へいくつもりのエレベーターが急に上の階に上がっていったということだろうか。
下へ行くつもりであれば、身体が宙に浮くような感覚になるはずだが、違ったのだろう。
「このあたりは以前墓地だったんですよ。ここを建てる前に供養はしているらしいんですが、墓地だった時もこの土地には曰くがあったそうです」
「どういうことですか?」
「ここの前の道はもっと大きな道で交通量も多かったらしいんですが、一度交通事故が起これば連鎖反応があったようなんです。しかも、同じ場所で事故に遭ったり、事故を起こしたりする人は皆親族だったんですよ。その人たちの先祖代々の墓もここにあったということです。これは呪われていると言ってましたね」
「まさか、自殺した人がこの墓地に関係のある人だったり?」
「それはありえますね。以前からここの住人になる人は、自分たちは知らないけれど、墓地に何らかの縁がある人たちばかりだったんですよ。きっと、その人もここに呼び寄せられたのかも知れませんね。本人に自覚が芽生えていたと、私は思います」
その人の話で余計なことを考えていた。
――俺もここに吸い寄せられたのかな? 学生時代に小説を書いていた時から運命づけられていたのかも知れない。だが、昨日からの出来事を、どう解釈すればいいのだろう――
背筋がさらに寒くなった……。
( 完 )
作品名:短編集65(過去作品) 作家名:森本晃次