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短編集65(過去作品)

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 米田が書くのはもっぱらホラーだった。ファンタジーを書くほどメルヘンチックな発想がないということ、ファンタジーにすると、あまりにも空想が大きすぎるということ。ホラーであれば、いろいろなモチーフが身近にあるが、ファンタジーともなると、モチーフ自体がメルヘンの世界になってくる。
 光と影、時間と空間、鏡の中と外の世界、それぞれに対照になるものの存在がホラーのモチーフとなった。
 何も気持ち悪いものやエイリアン、ゾンビなどのようなサイコホラーだけがホラーではない。身近にある奇妙な話、それを恐怖に結びつけることがホラーに分類できると考えていた。
 SFの要素も持っていて、空想による不思議な空間の展開は、最後をぼかすことによって完成される。
「こんな中途半端なところで終わるのか?」
 と、読者に思わせ、
「もう一度読まないと意味が分からない」
 そう考えてもらえればしめたものだ。
 二回目に読むと、最初に読んだ感覚と若干違ってくる。これも作者としての望むところである。
 また、作品を書いていると、いつも考えていることを主題にしないとなかなか先に進まない。小説を書いている時は、自分の世界に入り込んでいなければ書けないものだ。三時間みっちり書いたとしても、感覚的には一時間ほどしか経っていなかったように感じるだろう。だが、実際には三時間経っているのだ。その違いが疲れになって現れる。
 集中している間に感じる疲れは尋常ではない。ただの趣味でこれほど疲れるのだから、締め切りに追われるプロの作家になれば、どれほどの精神的なプレッシャーになるかなど、想像もつかないことである。
 サークルの中には真剣、
「プロになりたい」
 と思っている人もいるが、米田にとってはあくまでも趣味だった。創作に興味があり、絵画や音楽は小学生の頃に嫌いだったこともあって、後は小説を書くことだけが残った。決して作文が得意だったわけではないが、本を読むことは嫌いではなかった。高尚な趣味として本を読む時間が好きだったが、大学に入り、サークルの勧誘の時見せられた機関誌を見て、すぐに、
「これならできそうだ」
 と思った。
 もちろん、制作費などは自分たちで捻出しなければならない。アルバイトをしてその中から自分たちの作品発表のための本を作る。すべてが自分たちの手作りだというところも気に入った。さっそくサークルに入って、小説を書くようになったのだ。
 大学の図書館は静かで作品を書くには絶好の場所だった。図書館という場所自体が贅沢な空間として、他にはない優雅な気持ちにさせてくれる場所であった。そこで自分の世界に浸ることができるのだから、楽しいものだ。大学を卒業してしばらく、仕事に慣れるまでは小説執筆どころではなかったが、仕事に慣れてくると気分的に余裕が出てきて、充実感を求めて、また書き始めるようになった。
 充実感と優雅な気持ちを密かに楽しみたいという思いが強く、社会人になってからは、趣味のことを誰にも話さない時期が続いていた。
 会社では仕事の話しかすることはなく、仕事をこなすという意味では、会社での一日はそれなりに充実したものだった。責任感がいつの間にか養えたのも、無意識に充実感を感じることができたからだろう。そういう意味でも、大学時代に小説を書いていたことが、功を奏したと言ってもいいだろう。
 だが、怖い話を書いていると、時々自分が怖くなってくることがある。
 夢の中で見たことなどを思い出しながら大学時代は小説を書いていた。だが、社会人になると、夢で見たことを思い出すことができなくなっている。思い出せないということを人に話すと、
「そりゃそうさ。思い出せないのが当然さ。目が覚めていくにつれて夢は忘れていくものだよ。それが夢の夢たるゆえんじゃないかな」
 仕事の帰りに同僚から居酒屋に誘われて、呑みながら話したことだったので、お互いに気分は開放的になっていたことだろう。
「そんなものかな」
「そうだよ。俺なんて、夢は別の世界のものだって思ってるよ」
「だけど、夢って結局潜在意識が見せるものじゃないのかい? まったく意識の中にないことを夢に見ることなんて不可能じゃないのかな」
 夢の話で花が咲いたが、結局平行線でお互いに自分の考えを譲らなかった。同僚はホラー小説など好きではないと言っている。あくまでも、それは夢で見る世界だと思っているようだ。まったく意見の違う人と話すのもたまにはいいことかも知れない。後で冷静になって考えると、彼の意見に従うことはできないが、一つの考えだと受け入れることはできる。そう思うと、自分が今まで信じてきた考えが少しずつ揺らいでいくのを感じた。それは怖さの原因だった。
 すべて夢が潜在意識の中だけで起こるものだと思っていたので、ホラーを創造したとしてもそれは意識内だけのものだ。だが、彼が言うように、夢の世界が限られたものであるとするならば、創造したホラーの世界が本当に存在するのではないかと思えるからだ。
 あくまでも創造だと思うから好き勝手に書くことができる。
――もし、描いたことが本当に起こったら――
 考えただけでも背筋が凍りそうだ。
 社会人になって自分の視界が狭まってくるのを感じていた。現実の世界に目を向けなければいけない立場になると、自分のまわりのことだけで精一杯になる。
 精一杯になっているまわりで何が起こっているかということを考えないようにしていたことを意識していたのは、最初だけだった。次第にその感覚にも慣れてきて、
――これが当たり前なんだ――
 と感じることで、現実の世界だけを見ることを正当化しようとしていた。
 だが、同僚と話すことで、その恐怖に気が付き始めた。気にしないように意識していた時はいいのだが、意識しなくなると、自分の中で何を見つめていけばいいのか分からなくなってしまうからである。見えているはずのものが見えなくなることを意識しなくなると、――気がつけば死んでいた――
 という笑い話になってしまいそうだが、実際には深刻な問題である。
 米田が今の彼女と知り合ったのは、営業先の女性だったというだけではない。女性に声を掛けられるほどの度胸がない米田にとって、取引先の事務員である彼女は、余計に敷居が高かったはずだ。
 偶然が重なったことが、米田の運命を動かした。米田の家の近くにある喫茶店、大学時代に住んでいたアパートにそのまま住むわけにもいかず、会社の近くの寮に引っ越していた。部屋の広さは変わらないが、築が新しい分、少し家賃も高い。しかし、給料から払っていくのに、それほどの負担ではなかった。
 大学時代と打って変わって、自炊をする方が多くなった。食事を作るのも気分転換、仕事でのストレス解消になったのだ。だが、土曜の朝だけは、近くの喫茶店でモーニングサービスを食べていた。目玉焼きとパンの焼ける香ばしさと、コーヒーの芳醇な香りとが混ざり合った店内が優雅な気分に誘ってくれた。
 窓際の席で、新聞を読みながらモーニングサービスに舌鼓を打っていた。朝食にはありがたい腹八分目の量もありがたかった。朝の一時、時間にして三十分程度のものだったが、気分的には一時間くらいの時間に感じられた。
作品名:短編集65(過去作品) 作家名:森本晃次