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短編集65(過去作品)

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 モノ分かりとう基準でずっと生きてきた。その代わり自分の中で納得いかないことに対してはまったく興味も示さないし、自分の実力を発揮できる場所もない。実にもったいない話であった。
 性格というものが、そう簡単に治るはずもない。自分が不利なことも分かっていた。だからと言って変えられるものでもない。
 もっとも変える必要もないと思っていた。
「誰もが同じでは面白くないないじゃないか」
 という思いが強かった。それこそが個性というもの、負け惜しみでも何でもなく、ずっとそう思ってきた。
 その思いは今でも基本的に変わるものではない。だが、その思いが強ければ強いほど、わがままに見られてしまう。見られていることも実際に分かっているが、一度見られてしまうと、ショックは最初だけ、その後は
「仕方ない」
 で済ませていた。
 素直な気持ちも見え隠れしているはずであった。その思いを分かってくれたのが、幸子という女性だった。
 幸子とは高校生の時に知り合った。信二が高校一年生、幸子が二十三歳だった。
 高校一年生ということは十五歳、年の差は八つもあったのだ。しかも相手が年上、大人のオンナ以外の何者でもなかった。
 幸子は短大を卒業して、飲食店の事務をしていた。ちょうど、信二が立ち寄ったその日、ウェイトレスの女の子が休みだったようで、幸子がウエイトレスを兼任していた。
「いらっしゃいませ」
 一言聞いただけで、なれたウエイトレスではないことは一目瞭然。緊張はしているが、その声には張りがあった。自信ありげだったのだ。
 信二は一発で興味を持った。視線を幸子に向けたまま、逸らそうとしない。幸子も視線を全身で浴びながら、逃げようとしなかった。
「裸にされそうな目だったわよ」
 と幸子は後から毒を吐いた。
「でも、幸子もその視線を堂々と受け止めていたよ」
 仲良くなるにつれて、年齢の差を感じなくなっていった。最初はただの憧れのつもりだった信二だが、幸子としては、
「最初からあなたをずっと意識していたわ。恋愛対象としてね。でも最初に見た時、まさか高校一年生だとは思わなかったわ」
 幸子の目が次第に信二を年相応に捕らえてくる。それは実にゆっくりで、スピード感などまったくない。信二にとって、包み込むような優しい視線であった。
 女性にじっくりと見られるのは嫌いではない。中には恥ずかしくて目を開けていられないという人もいるようだが、信二にはそんな感覚はない。
――幸子と知り合って変わったのかな――
 女と言えば、どうしても母親を意識してしまっていたので、相手から見下ろされるイメージが強かった。それだけに、まさか自分が年上の女性と付き合うようになるなど、想像もしなかった。
 最初は思い切り背伸びしていた。幸子もそのことを分かっていただろう。同い年の女の子が相手でも背伸びしたくなる。
 女性と付き合うなら年下だと思っていて、第一条件が
――可愛い女の子――
 だったのだ。
 幸子は可愛い女の子とは程遠いイメージだ。それでも最初に年を聞くまではまだ未成年だと思っていた。聞いてからは、
「さすが成人女性」
 というイメージを植えつけられる。
 肌のつやのきめ細かさ、妖艶に微笑むその表情には、今まで憧れていた女性というもののイメージを一変させた。
 キスの味がレモンの味だというのは嘘だ。どんな味だったか分からないが、柑橘系ではなかった。どちらかというとローズの香り、それがそのまま幸子のイメージへと変わっていった。
 初めての時は緊張で何が起こったのか分からなかった。あっという間に終わってしまったことが自分にとって悔しかった。
 幸子の薄ら笑いがいまだに瞼に浮かぶ。忌々しいと思ったが、今となって思えば、小悪魔のようなところがあった幸子らしいと言えよう。
 幸子にとっての信二は、遊びだったのかも知れない。しかし、遊びで終わらせたくないというもう一人の幸子が見え隠れしていたことを分かっていた。それが時々見せる真剣な表情で、ただ、その視線は信二の後ろに誰か他の人を見ているように思えてならなかった。
「私、高校の時に先生に憧れててね。結婚を真剣に考えてたの。でも、結局うまく行かなかったわ」
「どうしてだい?」
「その先生、真剣じゃなかったのよ。単身赴任だったらしくって、妻子がいる人だったの」
「それはひどいね」
「でも、最初はそれでもいいって思った。奥さんのことも愛しているならそれでもいいってね。いずれは私のところに来てくれるって、真剣思ってたわ」
「自信があったの?」
「自信なんてもんじゃないけど、予感に近いものかしら。でも、私のそんな気持ちが重荷だって、結局奥さんのところに帰っていったわ」
 妻子がいる人を好きになった人は、何を考えているか分からないと思った。しかし、幸子の話を聞いていると、それも仕方のないことだと思えてくるから不思議だった。
 女子高生が担任の先生を好きになるという話は古今東西、今に始まったことではない。よく聞く話であった。その話が幸子だから特別だと思うのは好きになったことでの贔屓目なのかも知れない。
 そんな話を聞いていると、幸子がいとおしくてたまらなくなった。幸子も身体を許すまでは、本気で気持ちを許す気にはなれなかっただろう。身体を許す気になったから心も解放したのか、心を解放したから身体を開いたのか、どちらであろう?
 どちらにしても、幸子からその話を聞いた時に優位は信二にあり、幸子もそんな信二を信用するからこそ、身体を預けていた。
 こんな関係を望んでいた。同い年や年下の女の子では味わうことのできない思いである。
 甘えることのできる相手が甘えてくる相手に代わってくるのは半分寂しくもあったが、男としては、甘えられることを本懐とするところがあり、男冥利に尽きるというものである。
 幸子という女は、本気で甘えられる相手をずっと探していたようだった。今までは女一人で生きてきたという想いがあり、先生と別れてからは、年下の男性ばかりを物色していたようだ。
 そこにこそ自分の存在価値を見出さないと、他にはないと思っている。自分が誰かに甘えるなどということは、それだけの器の大きい男でないと無理だろう。そんな男性が近くにいるはずもないと思っていた。
 そんな男性には必ずパートナーがいて、幸せな家庭を築くであろう。そんな人の邪魔はしたくない。もし自分がされたら嫌なことを、他の人にもしたくないのだ。
 幸子は、相手の痛みを分かる女性だった。だから、まず相手の気持ちを考えて、時には二の足を踏んでしまうこともあった。
 相手の痛みを分かろうとすると、すべてを自分の技量や物差しで計ろうとする。そこが見誤ってしまうところで、一番の短所であった。
――俺の痛みも見破られていたのだろうか――
 見透かされてはいただろうが、最後の壁だけは見られていないような気がする。見られていないという思いに間違いがないという自信は、幸子に対して優位な気持ちに発展した時に感じていた。
 元々信二に痛みはなかった。母親に対するトラウマのようなものはあるが、感じる痛みはなかった。
――心でも痛みを感じるんだ――
作品名:短編集65(過去作品) 作家名:森本晃次