短編集65(過去作品)
大学に入ると、旅サークルに入部した。気さくなメンバーで単純に旅行を楽しむという気楽なサークルである。最初から大学に入って何がしたいという気持ちがあったわけでもなく、漠然と旅が好きだという感覚が強かったことだけでの入部だった。
サークル仲間もそれほど結束しているわけでもない。趣味の合う人たちが一緒に旅行して、時々、発表会と称して呑み会を開いているようなそんなサークルである。それでも昭子は楽しかった。
一緒に行く友達はなぜかいつも男の子だった。三人グループが形成されていて、その中に昭子一人が女性という四人グループである。
旅行先も、西日本が多かった。九州が好きな人、山陽、山陰が好きな人、いろいろだった。
それぞれに趣味趣向が違うことも、意外と話が合うのかも知れない。自分の話題に持って行きたいと思うよりも、人の話を聞いていて楽しいと感じることもあることが、和を乱さずにいられる秘訣であった。
昭子も自分がこれほど聞き上手だと思わなかった。話を聞いていると、それだけで旅に出かけたくなる。そんな時がこのサークルに入って一番嬉しかったと思う瞬間であった。
旅の醍醐味には、乗り物に乗ること、そしておいしい食事を食べることがあるが、元々昭子はお茶が好きだった。
お茶と言えば、お菓子がつき物、お菓子が好きだということは、他の三人にも共通していた。
「男なのに甘党でね」
一人が照れながら告白すると、
「そうなのか? 実は俺もなんだよ」
皆がたがが外れたように話し始める。場は一気に和んでくる。この四人はそんな関係であった。
誰からともなく話題が出ると、そこからはいくらにでも波及してくる。話題が尽きない夜は、呑みながら誰かの部屋で一晩を話しながら明かすなど珍しくもなかった。
そんな時の昭子は、自分が女だという意識はない。意識を持ってしまうと、三人男性で一人が女性なのだから、何が起こるか分からない。もちろん、他の人たちにも悟られないようにしなければいけなかった。
大学に入って旅サークルに入ると、彼氏とはあまり連絡を取らなくなる。相手から言われることもないし、昭子からも連絡を取ることも少なくなってくる。いわゆる自然消滅のような形だ。
――これも仕方がないことなのかしらね――
きっと彼という男性というよりも、大学生のお兄さんというところに惹かれていただけなのかも知れない。思春期の女子高生の典型的な初恋のようなものだったのではないだろうか。
サークル仲間との行動がこれほど楽しいものだとは思わなかった。一年以上は、彼らとずっと行動を共にしてきた。
どこに行くのでも、必ず誰かと一緒だった。抜け駆けしているかのように見えるかも知れないが、誰からも文句が出ずに、暗黙の了解となっていた。
それでも、最初の頃は、かなり気を遣ったものだ。しかし、せっかく誘ってくれているのに、嫌な顔など失礼である。誘われればすべて引き受けてきたのも、昭子の明るい性格の成せる業だったに違いない。
それも役得なのだろうか。あっけらかんとした態度を取っていれば、まわりも認めてくれる。無責任な行動さえしなければそれでいいのだ。
昭子がそう思っていれば、まわりもそれに答えてくれる。そんな気持ちがいつしか昭子の中に芽生えてきていた。
しかし、絆を形成している面子が多ければ多いほど、綻びが現れてくるものである。誰か一人の精神状態に変化が現れれば、どこかしこの亀裂が見え隠れする。
亀裂には、その人が隠そうとしているものが現れる。それがどんな精神状態かによっても違ってくる。
小さな穴から大きな山も崩れるというではないか。最初は小さなきっかけだったに違いない。
小さすぎるものは得てしてわからないものだ。誤差にしても、あまりにも小さなものは、数種類の誤差がプラスマイナス絡み合って、複雑な構成を作り上げている。二次元の発想が三次元の発想を見据えにくいのと似ているのかも知れない。
一人の男性が昭子に恋をしたようだ。その男は元々内気な性格で、自分のことをなるべく目立たないところに置いておくことを信条としていた。
いつでもまわりの環境に流されているように見えるが、実は、一番冷静に環境の変化を見つめているのかも知れない。
――ひょっとして一番まわりの環境に流されることを嫌っているのではないだろうか――
と感じたものだった。
その男性は、自ら身を引こうと考えていたようだ。だが、その前に他の誰か敏感な人にその気持ちを悟られたようで、表に出るにも身を引こうにも、難しい立場になってしまっていた。
考えすぎなければいいのかも知れない。考えすぎるから、自分の本来の姿が見えてこないのだ。
昭子を好きになったという男性は、ハッキリ言って昭子のタイプではなかった。自分から好きになるタイプでもないと思われた。
だが、人から好きになられれば、気持ち的に悪い気はしない。むしろ、誇らしげなことで、好きになってくれた人が痘痕もエクボに見えてくるものだ。
痘痕というのは相手に失礼だが、それほど心に残る人ではない。だが、それでも必死になって相手のいいところを探そうとしている自分に気付いて、自分に対して可愛く思えてくるというものだった。
そのうちに昭子にとってタイプの男性が現れた。違う学校の人なのだが、相手は昭子に対して見向きもしないような男性だった。
絶えず彼のそばには女性がいて、近づきがたいオーラを発している。今までの昭子であれば、近づきがたいオーラを感じれば、自ら身を引くような雰囲気があったのだが、その時ばかりは、
――身を引くのは我慢できない――
と感じてしまった。
自分を好きになってくれた人と同じレベルで考えてはいけないはずである。
――それはそれ、これはこれ――
と、自分の中でも境界を設けていたはずなのだ。
しかし、身を引くことが我慢できないと思うようになって、最初は分からなかったが、その思いが自分を好きになってくれた人の存在が大きく影響していることに気付くまでにはあまり時間が掛からなかった。
その中でも気持ちの葛藤はあった。信じられないほどの頭の回転がそこにはあり、同じところを行ったり来たりと、袋小路に入り込んでしまったのも事実である。
二人の男性の間で葛藤が繰り返される。自分の中では一人の男性にしか身体が向いていないのだが、後ろから痛いほどの視線を感じるのだ。
背中から襲ってくる視線がこれほど痛いもので、そして自分を迷わせるものだということを知らなかった。改めて、自分の知らない自分を誰かが見つめていることの気持ち悪さ、そして心地よさの両面を知ったような気がしたのだ。
次第に背中からの視線のせで、身体の向きが微妙に変わってくる。
――思い切って反対を剥いてしまえば、彼の視線を浴びることができるかしら――
粋な人は自分に対して無関心である。実際に昭子が正面から見つめている間でも、彼の向きはまったく変わることもなく、自分を意識しているふりもない。
――そこが彼の魅力なんだわ――
と感じたが、本当にそうなのか、自分の中での慰めだけではないのだろうかという葛藤が渦巻いていた。
作品名:短編集65(過去作品) 作家名:森本晃次