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短編集65(過去作品)

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 そんな予感は的中するもので、高校に入学してから、先輩からの連絡が次第に遠のいていく。
 昭子なりに遠慮して、高校入学であわただしい先輩に迷惑をかけまいと、あまり連絡を控えていた。やはり先輩からも連絡が乏しくなる。
「私の受験のことを気にしてくれているのかしら?」
 昭子も受験生。それでも先輩が受験の時は、
「一緒にいると気分転換になるのよ」
 と言っていたが、今の昭子がまさにそれだった。先輩との連絡がなくなると、極端に寂しくなる。どうしていいか分からなくなるほどだった。
 先輩の噂は日増しに強くなってくる。新聞にも
「未来のホープ」
 と書かれたりしていた。水泳では名門とは言えない高校だけに、その扱いは異例とも思えた。有頂天にならない方がおかしいというものである。
「大丈夫かしら?」
 昭子はまず、先輩の精神状態が気になっていた。
 先輩も最初こそは有頂天になっていたが、次第に冷静さを取り戻してきた。
――さすがは先輩――
 と思ったものだ。
 しかし、先輩の行動は昭子の想像を超えていた。確かに有頂天にならなかったのだが、どこか挙動不審で、まわりをやたらと気にするようになっていた。神経質というのだろうか、人がそばに寄っただけでも、いちいち反応するくらいであった。
 時々、何かに無性に怯えることがあった。まるで幻覚でも見ているかのように、目の焦点が合っていない。両親が思い切って病院に連れていくと、自律神経が少しおかしくなっているとのことであった。いわゆる鬱状態が長く続くことがあった。
「自分を抑えすぎたのかも知れないな」
 父親は、娘の将来を憂いていた。
 それでも、軽度だったのが幸いしたのか、高校に入学する頃には、普通に話ができるようになっていた。根を詰めての勉強が、却って余計なことを考えさせなくてよかったのかも知れない。水泳ともキッパリと訣別し、普通の高校生としての生活をエンジョイしているようである。
 先輩の状況をずっと見続けていると、さすがに水泳をやっていく自信が昭子にはなくなっていった。別に水泳が悪いというわけではないのだが、スポーツ全体に対しての嫌悪感が漲ってきたのだ。
 スポーツは肉体が資本である。肉体が精神に追いついてこなければ、選手としては致命的だと考えた昭子は、スポーツとの訣別を考えた。
 それでも数日悩んだものだった。しかし、スポーツ選手にならなくとも、趣味としてやる分には何の問題もない。そこは昭子が一番分かっている。
 かといって勉強もあまり好きではない。何に興味を持てばいいのか自分の中で迷走してしまっていた。
 昭子は、名所旧跡が好きである。古城を回ったり、武家屋敷に出向いて行ったり。元々は旅行雑誌を見ているだけでもよかったのだが、見ているだけではどうにもたまらなくなって、自らが出かけて行くことに発展していった。
 きっかけは、中学の修学旅行だった。
 雑誌で見ていて自分なりに妄想を膨らませ、修学旅行という機会に、妄想を確かめたいと思うのも当然だった。
 だが、修学旅行というのは、教育の一環でもあるので、なかなか個人行動は許されない。団体行動の中からの教育というのが、修学旅行の一番の目的ではないかということを、昭子は思い知らされた。もちろん、他の生徒たちよりもさらに強くであった。
 せっかく行ったのに、じっくり見れないのであれば、まるでヘビの生殺しである。昭子は、いずれ自分一人、あるいは、気が知れた友達と一緒にゆっくりと回ることを夢見ていた。
 高校に入ると、一人で出かける機会ができた。本当は両親が絶対に反対するだろうと重い、恐る恐る聞いてみたが、意外にも、
「それなら行ってきなさい」
 と舌を巻くほどアッサリとしていた両親の寛大な気持ちが信じられないほどであった。
 名所旧跡の中でも茶室が好きだった。
 茶室というと、城下町。城下町には必ずと言っていいほど武家屋敷が存在しており、現存の度合いは別にして、茶室はどこかにあるものだ。
 城下町、武家屋敷のセットは、好きな人は結構いるだろう。どの城下町に行っても、必ず誰かに会いそうな気がするくらいだった。
 実際に城下町で何度も出会う人がいた。その人は男性で、
「また会いましたね」
 最初は昭子も気持ち悪かった。
――まさか、私を追いかけてきているんじゃないでしょうね――
 と考えたからだ。
 しかし、それは、あまりにも自分に都合のいい考えと思われるのが癪で、顔に出さないようにしていたつもりだった。
 相手もまさかそんなことを思っているなど、思ってもいないだろうという表情だった。
 いつもニコニコ、好感が持てる。いつしか、そんな疑惑も忘れ去り、次第に彼に会えるのが楽しみにさえ思えてきた。
 彼は博学だった。
「いろいろなことを知っていらっしゃるんですね」
 きっと雑学の本か何かを読んでいるんだろうが、
「好きなことに興味を持てば、何でも知りたいと思うものですからね」
 当たり前のことなのだが、彼が言うと、すべて納得に値する。彼にはそれだけの説得力が備わっているのだ。
 それまで男性に対して特別な感情を持ったことはなかった。尊敬の念すら抱いたこともなかった。
――男性は自分たち女性とはまったく違う世界に生きているんだ――
 とさえ思っていたくらいで、異性に対しての感情など、微塵もなかったと言っていいだろう。
「この胸のときめきは何?」
 自問自答を繰り返す。それまでに昭子は何度となく自問自答を繰り返すことはあったが、それはすべてが自分の身体に起こることではなかった。目の前に繰り広げられることが自分にどのような影響を及ぼすかという外的なことが多かったのだ。
 内面的なものを度返しして、ずっとまわりを見てきたことを、今さらながら痛感していた。それまで、胸が痛くなるほど内面的なものを考えたことなどない。
「私は、自分から逃げていたのだろうか?」
 自問自答は袋小路に入っていて、結局この疑問で折り返すことになる。その答えを見つけることは最初から不可能だと思っているくせに、自問自答をやめることはなかった。必ずといっていいほど、どこかに答えが潜んでいると信じて疑わない自分もいたのだ。
 彼は大学生で、高校生の自分が子供扱いされるのが嫌で、勉強しないといけないと思った。そんな気持ちでする勉強は思ったよりも身につくもので、身につくことが、喜びにも変わる。
 ポジティブな考え方をしなければならないとは常々思っているが、何がポジティブなのか分からないでいた。ネガティブになるのは容易なことであるが、それ以上に悲観的になることもない。どちらかというと、何事にも無関心な方ではなかったであろうか。
 当たり障りのない人生を歩むことが理想だと思っていた。しかし、それほど難しいこともないということを、彼と出会って知らされた気がする。
 彼はいつでも行動が自然だった。裏表のない人というのは彼のような人のことを言うのだろう。
――悩みなんてあるのかしら?
 悩みがない人などいるはずがない。そのことは分かっているつもりである。しかし、いかに悩みがないように装うかというのも、これほど難しいことではないであろう。
作品名:短編集65(過去作品) 作家名:森本晃次