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異時間同一次元

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「ミステリーほど人間関係の複雑さを奥深く書けるものはない。恋愛小説などではどうしても偏った人間関係を描くことで、描写がグロテスクになってしまったりするものもあるが、俺はそんな小説は好んで読んだりしない」
 と思っていた。
 ミステリーの中にいる探偵に、自分を重ねて読むこともあった。探偵にはいろいろな種類がいるので、自分と似ていると思える人もいれば、かけ離れていると思う人もいる。しかし不思議なことに自分がよく分かるのは、自分とはかけ離れた性格に見える探偵の考え方だった。
 それもミステリーを何度も読み返しているうちに分かってきた。
――そうか、皆探偵というのは裏の顔を持っているんだ――
 という感覚だった。
 だが、その裏の顔というのは、ストーリー上隠れている顔だということで、実際にはその人の本性ではないかと思えてきた。そう思うと、自分とはかけ離れた性格だと思っている人の気持ちが分かるというのも納得できるというものだ。
「やっぱり、読み返してみないと分からないことも多いんだな」
 と言わざる負えない小泉だった。
 だが、それでも小泉は自分がミステリーを書くことができないということは分かっていた。
「何か他のジャンルも読んでみたいな」
 と、小泉はどのジャンルを読んでみるか考えてみた。
 そして小泉が選んだ小説のジャンルは、
「恋愛モノ」
 だったのだ。
 恋愛小説というと、純愛小説もあれば、ドロドロとした愛欲ものもある。どちらも恋愛小説として一括りにすることは小泉には合点の行かないことではあったが、とりあえず、純愛モノから読んでみることにした。
 純愛モノは読んでいてこそばい感覚があったが、読み進んでいくと、
「あれ?」
 と感じるものもあった。
 何か違和感があるのだが、最初はそれが何なのかよく分からなかった。何冊か純愛モノを読んでみたがやはり、その違和感が消えることはなかった。ワクワクする感覚があるくせに、どこかゾクッとする気持ち悪さも感じられた。
「そんなにかしこまった小説というわけでもないのに」
 と、ミステリーで感じることのなかったこの違和感を持ったまま、小泉は愛欲の方も読んでみることにした。
 愛欲というと、不倫であったり、嫉妬が絡むもの、さらには愛憎が嵩じて、相手に嫌がらせを行うことで、主人公がどんどん自分を嫌いになるという話が多かったりした。
 最初から覚悟して読んでいたので、愛欲モノに関しては、違和感があるわけではなかった。しかし、違和感がないかわりに言い知れぬ後悔が頭の中にあった。
――読まなければよかった――
 覚悟はしていたが、やはり感じないわけにはいかない感情だった。
 愛欲ものも後悔に襲われながら、何度も読み返してみたし、数冊を読んでもみた。そのうちに
――どこかで感じた感情だ――
 と感じたが、それが純愛の時に感じた違和感であることに気付くまでには少し時間が掛かった。
 その時間が掛かったというのは、何冊も読みこむ必要があったからというわけではない。「単純に時間が必要だった」
 ということである。
 小泉は今度は純愛小説と、愛欲小説を交互に読んでみることにした。読み比べるという意識よりも、違和感が同じものなのかどうかを知りたいという思いからの考えだった。
 本当はそれまでの小泉の考えでは、純愛小説と愛欲小説を交互に読んでみるなどという発想はありえなかったはずだ。
――何が小泉を変えたというのか?
 と、少し大げさではあるが、それほど小泉にしては思い切ったことであった。
 実際に読み比べてみると、
「あまり変わりないんじゃないか?」
 という考えも頭を擡げてきた。
 純愛と言っても嫉妬や妬みからの感情が表に出てくることもあるし、愛欲と言っても、元々は純愛から始まった話だったりするものもある。境界線があるとすれば、それは出版する側の事情ではないかと思えるくらいであった。
 読み手からすると、
「出版する側が垣根を設けてきたんだから、純愛と愛欲とは違ったジャンルなんだろうな」
 という考えを持つだけのことだった。
 そう思ってそれぞれを読み比べると、それほど恋愛小説に関しての違和感がなくなってきた。
「ひょっとすると、俺にも書けるかも知れないな」
 と感じた。
 ミステリーでは考えもつかなかったことだったので、小泉にも不思議だった。
「それだけ小説というのは、奥が深いものなんだな」
 と感じた。
「恋愛小説なら、書けるかも知れない」
 恋愛経験どころか、友達もいない小泉に、恋愛小説など本当に書けるのか、もしこれが他の人の言葉だったら、
「そんなのできるはずないじゃないか」
 と言ったに違いない。
 だが、小泉は自分に恋愛経験がないからこそ書けるのではないかと思った。何経験がないと小説を書けないという理屈はないではないか。人の小説を読んで、自分で感じたことを表現するのも立派な表現だと思った。
 ただ、真似をするのは嫌だった。元々人と同じでは嫌だという意識があった小泉には、人の真似をすることほど嫌なことはなかった。だが、小説を書くのは真似ではない。経験から書く方がよほど真似ではないかと思えた。
「小説って想像力なんだ」
 と思っている。
 つまり読んでいるだけで想像力が逞しくなり、書けるようになるのであれば、それは自分の才能に他ならないと思ったからだ。
 小泉はさっそく恋愛小説に取りかかることにした。
 実際に、
「いざ、書こう」
 と思ってかしこまってみると、意外と書けるものではない。
 机に座って、原稿用紙を目の前にして、まるで明治の文豪気取りで書こうと思っていたが、思い浮かぶ言葉がなかったのだ。
 ふと、本棚に並んでいる本を手に取って読んでみた。
「なんて、スムーズな書き出しなんだ」
 最初に読んだ時には感じることのなかった感覚だったが、いざ自分が書こうと思うと、それだけプロの書いた作品が、自分とは次元の違うものだということを思い知らされた気がする。
――こんなつもりじゃなかったのに――
 と、小説を書いていて、今まで読んできた本をどれほど漠然と読んでいたのかを思い知らされた気がした。
 だが、それも悪いことではない。ただ、これ以上プロの作品を読んでいると、自分が目指すものを見失ってしまうような気がしてきた。あくまでも自分は素人、プロになれるわけもなく、思ったことを書くだけでよいのだ。それを考えると気は楽になったが、どこを目指すのかくらいは分かっていないと書けないのだということは自覚できるようになっていた。
 目指すところは、一気に駆け上がる必要はない。何段階にも目標があって、そこに到達すれば、次を目指せばいいのだ。まずは少しでも書けるようになることが先決なのだが、一番難しいことではないかと思えてきた。
――少しでも書けるって、どの程度なんだろう?
 原稿用紙一枚単位なのか、それとも一場面程度のものなのか、それとも、章にできるほどの分量なのか、その問題があった。
 それには、きっと全体の量がどれほどなのかを最初に予定しておかないとできることではない。小泉には、それが難しいことに思えた。
作品名:異時間同一次元 作家名:森本晃次