異時間同一次元
実際に友達などいらないと思っている人に友達ができるはずもない。もし友達ができるとすれば、同じように、
「友達などいらない」
と思っているやつであろう。
そうなると、矛盾である。矛盾が矛盾を呼んで、まるで禅問答だ。
だが、そんな小泉も、本当に一番悪いのが自分であるということに気付く時が来る。それは高校生になってからのことだったが、そのことに気付いてしまうと、自己嫌悪がひどくなり、一度自己嫌悪の時期を抜けても、定期的に嫌悪が襲ってくるようになる。
――これって躁鬱症なのかな?
という自覚が芽生えたが、まさにその通りだった。
人に相談することもできず、一人で考え込んでいたが、結論が出るはずもない。一人で考えて出すことのできない結論を、他人と考えれば、余計に出すことができないというのも小泉の持論であった。
小泉の家庭は相変わらずの転校を繰り返している。それでも高校に入学してからは、小泉は一人暮らしを始めた。
ずっと一人でいたこともあって、一人暮らしにさほどの違和感はなかった。掃除、洗濯、食事の用意、一人でできたからだ。
「別に難しいことじゃない」
遊びたいとか思わなければ、家事をこなすことはさほどきついとは思わない。
実際に子供の頃から遊ぶということに関してはあまり興味がなく、
――遊んでいるくらいなら、本を読んだり、勉強している方がいいかも知れないな――
と思っていた。
それは、
「人と同じでは嫌だ」
という考えにいずれが至ることになる小泉の心の中に潜在している思いだった。
だからこそ、小泉には友達がいなくても、精神的に何ら痛いことはなかったのだ。
小泉は、いつも自分のことを考えている少年だった。しかし、それを意識しているわけではない。
――絶えず何かを考えている――
とは感じていたが、それがひいては自分のことだなどとは思っていなかった。
小泉は、人と同じでは嫌だと思っていたところがあるが、それなのに、自分から表に出るようなことはしなかった。人と同じでは嫌だと思っているのであれば、もっと自分を前面に押し出して、人との違いをアピールするくらいであってしかるべきなのにである。
それに比べて、早良には自分をアピールしようという思いがあった。勇気はないくせにアピールしようという思いがあるのだから、それは無謀なことで、まわりからは、
「おかしな奴だ」
と思われてもいた。
しかし、子供の頃の早良はそんな意識はなかった。まわりから嫌われているという意識はあったが、その理由がどこから来るのか分からなかった。あくまでも自分には勇気がないことで、自分の性格を控えめだと思っていたからだ。
つまりは、自分で思っているよりも表に出たいという気持ちが強いのか。それとも何も考えずに余計なことを口走ってしまうのかのどちらかであろう。
いや、実際にはそのどちらでもあった。
表に出たいと思う気持ちと、何も考えずに余計なことを口走るというのは一見見た目違っているように見えるが、実際には微妙なところで結びついていて、無意識なだけにそれぞれを表に出してしまうのではないだろうか。
早良が余計なことを言ったという意味で、普段はあまり意識していないが、どうしても気になっているエピソードがあったのは、持病を持っている友達がいたことから始まったことだった。
あれは中学時代のことだっただろうか。早良は自分では友達だと思っていた三人のグループに属していたが、そのうちの一人が癲癇の発作を持っていた。
早良はそのことを知らなかったが、他の二人は知っていた。
ある日、学校の帰りに発作を起こした友達を見て、早良は少しパニクってしまったが、他の二人は冷静で、携帯を使って救急車に連絡を取り、場所も学校を出てからすぐだったこともあって、二人のうちの一人が、学校に連絡をしに行った。
「一体、どうしたんだ?」
と、早良は戸惑っていたが、冷静な二人を見ていて自分も次第に冷静になっていった。
――二人が冷静なんだから、彼は大丈夫なんだ――
と思ったからだ。
しかし、そう思うと今度は急に冷めた気分になってきた。二人があまりにも冷静すぎるからだ。この冷静さは、あらかじめ発作が起きることを予期していなければできないことだ。しかも予期しているだけではダメで、覚悟も必要だったはずだ。
早良にはそんな覚悟などあるわけもない。何と言っても、事情を知らなかったからだ。
だが、考えてみると、事情を知っていたからと言って、彼ら二人のように冷静に行動できるだろうか? それを思うと、自分が情けなくなってきた。
さらに感じたのは、
――どうして自分だけ知らなかったんだろう?
ということだった。
二人は知っていたということは、本人から聞いたというよりも、きっと彼の親から話を聞いていて、
「うちの子をお願いね」
と言われていたことを意味している。
それなのに、知らなかったのはグループの中で早良一人だけ。グループができてから最後に参加したのが早良だったらそのわけも分かる気がするが、実際には最初からグループの中にいたはずだった。
――じゃあ、俺が知らされていなかっただけなんだ――
そうやって考えると、発作持ちの友達は必ずもう二人のどちらかと行動を共にしてきた。
早良と二人きりというのは一度もない。
――ということは、俺は本当に信用されていないんだ――
ということを思い知らされたことになる。
確かに、他の二人のように冷静に動けるかと言えば、自信があるわけではない。しかし、ここまで露骨な態度を取られてしまうと、早良としても落ち込んでしまうであろう。
――それにしても、よくあの短時間で、ここまで理解できたものだ――
と自分での感動した。
だが、事態は明らかに自分に不利であった。まわりは自分を蚊帳の外に置いて、いつも先を見ているということなのだ。
早良は冷めた気分になったのと同時に、焦りのようなものを覚えたのかも知れない。
救急車が来て、彼を救護員が救急車に運ぶ。その間、ほとんど無駄口を聞く人はいない。結博、脈拍、そして彼の状況が記録されながら、彼の状況を他の二人に聞いている。もちろん、早良に誰も訊ねることはなく、貌さえ見る人はいなかった。
――何だこれは――
早良は完全に置いて行かれたことにショックを受けていた。
だが、救急員が処置を施して、誰の口を開かなくなった時、すでに彼の発作は落ち着いていて、まわりの言葉を理解できるようになっていた。
「病院でちゃんと診てもらえよ」
と、早良は一言言った。
簡易ベッドで横たわっている友達は、
「うん」
と頷いたが、次の瞬間、まわりから冷たい視線が一斉に飛び込んできたのを感じた。
まわりからの一斉の視線は初めてのことだったので、完全に戸惑った。
――俺、何かいけないことを言ったのか?
早良には分かっていない。
状況はさらに早良に不利であり、
「病院まで付き添ってもらえますか?」
と救護員が二人に言った。
「ええ、分かりました」
早良には何も言っていないので、強制的に救急車から降ろされることになった。