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短編集64(過去作品)

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 それでもしばらくしてテレビを消して、布団に入る。今度はやたらと睡魔が回ってきて、すぐに眠ってしまったのか、気がついたら朝だった。
 カーテンからハッキリと明るい日差しがこぼれてきているのが見える。まるで扇のように何本も無数の線が引かれているようで、埃と塵が光っていて、これが本当のダイヤモンドダストだと思ったほどだ。
 夜中目が覚めたわりには、朝の目覚めはスッキリしたものだった。
「まだ眠たい」
 とはそれほど感じず、目もしっかり開いていた。しかし喉の渇きは思ったよりもひどく、すぐにでも水分補給がしたくてたまらない。
 台所まで歩いていくと、やはり指先が痺れている。まるで夜中に目覚めた時と同じだった。ウーロン茶を飲んでテレビをつけると、ちょうどニュースが始まるところだった。
「たった今入ったニュースです。南北線で脱線事故が起こりました」
 とキャスターの声も幾分か上ずっている。
「また?」
 しかし、状況は違うようで、今までに事故があったなどという話はブラウン管から一切聞かれない。しかも、ブラウン管に映し出された光景は、どこかで見た記憶のあるものだった。
――さっきと同じ光景だ――
 すぐに気付いた。悲鳴が聞こえるような惨劇だと感じた先ほどの気持ちが、またしてもフィードバックしてきそうだ。
 ブラウン管を見つめている自分を客観的に見てみたくなった。先ほど目を覚ましてニュースを見ていた時と、どこが違うのだろうか? まったく同じではないにしても、受けたセンセーショナルなイメージは同じだった。まずは同じかどうかというよりも、どんな表情だったのかという方が気になっている。半分口が開いたまま見ていたように感じているが、違うだろうか。
 ブラウン管に目が釘付けになってしまうと、見えているものの遠近感が取りにくくなる。
 ますスクリーンが小さく見えるようになってきて、そのうちに小ささが遠さに変わってくる。まわりのものの明るさが暗くなってきて、ブラウン管だけが明るく見えている時期を過ぎると、今度はブラウン管自体が暗く見えてくる。
 まわりと実際に見ているものの境が分からなくなってくると、目を瞑った時に見えるまるでクモの巣が張ったかのような光景が薄暗がりの中に広がってくるのだ。
 さっき見た事故の映像は、そこまで切迫した雰囲気で見ていたわけでなないが、朝の映像には、精神を引き込む何かがあった。
 朝はいつも落ち着いた気持ちで迎えようと思っている。家を出てしまうと、嫌でも朝の喧騒な雰囲気に身を置いてしまうのは必至であった。
 先ほどと同じように、亡くなった一人の姿がブラウン管に映し出される。
「これはさっきの人だよな」
 そう思って見ていると、
「もう一人の亡くなられた方の身元が判明しました」
 という速報が入る。
――おや、さっきと違うぞ――
 さっきの映像をどこまで見たのか覚えていないが、確かにもう一人の身元が判明したという話が聞いていない。
「この方です」
 と言った瞬間に、目の前にモザイクが掛かり、指先の感覚がなくなってきた。身体全体の水分が抜けていくような気がしたかと思うと、
「このまま意識を失ってしまいそうだ」
 という予感が走ったのだ。
 まさしく予感の通り、意識は朦朧とし始め、倒れ掛かっていて、
「このままでは危ない」
 という意識があったところまでは覚えている。そこから先、自分がどうなったのか分からないが、気がつけばまた布団の中に入って寝ていたのである。
 カーテンから漏れてくる明かりは朝のものだった。
――夜中だったらどうしよう――
 そう思ったのも一瞬だった。
 あのモザイクは何だったんだろう? 最近パチンコに嵌っている里崎には、それがまるで大当たりの前の予告リーチを思わせた。
 最近のパチンコは、リーチが掛かってもそれだけではダメで、リーチアクションの派手なものが絡まなければ大当たりすることはない。いくつもあるアクションが複合すれば、そこから発展していくものなのだが、アクションにもそれぞれのメーカーや機種によってさまざまである。里崎はそのどれを思い出しながら意識が朦朧としていったのだろう。さぞや気持ちのいいものではなかっただろうか。
 昨日もパチンコをして遅くなった。
 本当は前の日が遅かったので、早く帰ればよかったのだろうが、仕事が終わった時間が中途半端で、待ち時間の間に少し打ってみようということで軽い気持ちで入ると大当たりが連荘したのである。
「こりゃ、なかなか終わらないわ」
 嬉しい悲鳴を上げつつも、顔はにやけていたに違いない。ここまでくれば後は時間というよりも、台へどれだけ集中できるかに掛かっている。パチンコは負けている時、時間はあっという間に過ぎていくものだが、勝ち始めるとなかなか時間が経ってくれない。
「本当は逆じゃないんですか?」
 と言われるが、里崎の場合はこれでいい。時間の感覚が他の人とどこか違うんじゃないかと思わせるのは、そのあたりなのかも知れない。時間の感覚の長さは、自分の考えているものと、他人と話をして得た結論で、本当に同じ感覚をお互いに持っているのかどうか、そのあたりを調べてみたい気がした。
 パチンコをしていたので、結局最終電車になってしまった。最終電車はさすがに人が多い、最初に最終電車に乗った時、
「こんなに人が多いのか」
 とビックリしてしまったが、人が多いのも四つ目の駅までだった。そこまでにほとんどの人は降りてしまい、そこからは余裕で座っていける。
 そういえば最終電車に乗っている連中は若い連中が多かった。郊外の住宅街に家を持っているような人たちではない。きっと通勤圏内の賃貸マンションに住んでいる人が多いに違いない。
 里崎もそのうちに引っ越そうかと思っていたが、同じ県内の営業所を短い期間で転々としているので、いつ転勤命令が出るか分からない。せっかく引っ越しても、今度は通勤できないところに転勤になっては元も子もない。本当に通勤できなくなってから考えるのが一番の得策であろう。
 最終電車に乗る時は、決まってパチンコで遅くなった時だ。それでもそこまで時間的に粘るのは勝った時なので、精神的には余裕がある。ただ、パチンコ屋のあの喧騒とした雰囲気に、轟音は半端ではない。電車で人が少なくなってきてからの電車内では轟音の余韻が残っているため、耳鳴りに襲われてしまう。余計に寂しさが募ってくるのも仕方のないことである。
 電車に乗っている時は決まって表を見ている。夜なので見える見えないは関係なく、ほとんどボンヤリと見ている。毎日の通勤路線なので、見えなくてもどんな光景なのかは、想像できる。
――今、このあたりを走っているんだ――
 座れるようになるあたりから、ほとんど民家もなく、海岸線をひた走っているが、里崎は海岸線をあまり見ようとしない。たとえ断崖がある方であっても、海を見ないのは、夜の海に恐怖感を感じるからだ。
 真っ暗な海も気持ち悪いが、中途半端に月でも出ていれば、もっと気持ち悪い。ほとんど波らしい波もなく、風に揺られる程度の海面が月明かりで照らされる時、きめ細かな波の断面が光って見えてしまうだろう。それが里崎には気持ち悪く感じさせるのであった。
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次