短編集64(過去作品)
その日も電車に乗って、心地よく揺られていたら、どうやら眠ってしまっていたようだ。気がつけば自分の家の部屋で寝ていた。時計を見れば午前三時、いつどうやって帰ってきて眠ったのか記憶にない。
目覚めは悪いものではなかった。
――ひょっとして、自分の部屋にいるのでは――
という思いがあったのでビックリはしなかったが、なぜ自分の部屋にいるという意識があったのかが分からない。無意識で
「いつ寝てしまったか分からないから、部屋にいると思った」
というのとでは道理が違う。
夜中に目が覚める時は、トイレが近くなった時か、汗を掻いてしまって下着がドロドロに濡れてしまった時、お腹の調子がよくない時などさまざまだが、大抵の場合、寝起きはあまりよくない。
頭痛を伴うことも多く、胃が痛い時もある。だが、その日は、
「夜が明けたかな?」
と感じるほど、目覚めに違和感はなかった。
カーテンから明かりがかすかに漏れてくる。街灯が光っているのだろう。目が慣れてくると、カーテンがボンヤリと光っていて、風で揺れているのが分かる。
部屋は閉め切っているはずなので風が吹くわけはないのに不思議だった。
窓ガラスが風に当たってガタガタと音を立てている。寝ようと思っているのに、今度は気になって寝られない。目覚めは悪くなかっただけに、目が冴えているのだ。
ゆっくりと起き上がってみた。指先に痺れを感じる。カサカサと乾いているのが分かると、喉が渇いているという単純な結論をやっと導き出すことができた。
電気をつけて台所まで行き、冷蔵庫の中に冷やしていたウーロン茶を取った。ペットボトルをそのままラッパ飲みしてもよかったのだが、喉の渇きはそれでは癒せないように思えてならなかった。
コップの中に注ぎ込まれる時の、ドクドクという音、喉の渇きを最高潮に持っていってくれる。
製氷ボックスから氷を取り出しコップに入れる。やはり氷なくして、喉の渇きを止めることはできない。
やっとの思いで喉に流し込まれた冷茶は、さらに眠気を覚ましてくれた。せっかく台所まで行ったのだから、おつまみにと残しておいたナッツを食べることにした。
テレビは深夜のニュースをやっていて、アラカルトのようなコーナーだった。三面記事のような小さなニュースを並べているだけだが、その中に気になるニュースを見つけた。
「本日、最終の南北線で、列車の横転事故が発生いたしました。斉藤駅を発車後、五分ほど走ったところで列車が突然横転、そのまま線路を塞いだことで、列車は上下線とも不通になりました。復旧の見込みはたっていません」
さらに病院からの中継で、
「この事故で亡くなられた方二人、そして重症で入院去れている方が十人と、ほとんどの乗客がこの病院で手当を受けています。亡くなられた方は……」
顔写真と名前、年齢が映し出された。
「あの人とは確か、一緒の車両に乗っていた人だ」
見覚えがあった。その人は里崎の顔をじっと見ていた。気持ち悪いと思ったので、なるべく目を合わせないようにしていたが、なぜ気持ち悪いと思ったのかその時はハッキリと分からなかった。
「そうか、死相が出ていたんだ」
今だからそう感じるが、あの時はただ不気味なだけだった。こちらをじっと見つめていたのも、ひょっとして何か嫌な予感がして目が虚ろなだけだったのかも知れない。
「それにしても、俺は一体どうなったんだ。それだけの大事故なのに、どうして無事でいるんだ?」
しかも、自分の部屋で寝ていたではないか。どういうことなのだろう。
南北線は、どちらかというとカーブが多い。山間を縫って走っている区間もあるが、海岸線に出てくることもある。景色に統一性はなく、それだけバラエティに富んだ光景を見せてくれるところから、鉄道ファンの間では静かなブームのようだ。
途中の海岸線あたりはあまり乗り降りがなく、これと言った街もないが、途中に発電所があり、その近くの駅で作業員の乗り降りを見かけることができる。それでも各駅停車しか止まらない駅なので、通勤通学で作業員を見かけることはない。
山間に入ると、住宅街があり、バスで駅まで降りてきて、都会に向けて電車に乗る。この駅は快速電車が止まるので、わりと乗降者も多い。サラリーマン、学生と都会の駅を思わせる雰囲気がある。
発電所の駅に快速電車を止めないのは、学生に作業員を近づけたくないという親の意見が大きな影響を示していたことは公然の秘密になっていた。作業員は彼ら独自の世界を持っているので、そんな公然の秘密など知らずにいる。蚊帳の外に追いやられているが、知らぬが仏とはこのことだ。
カーブの多い南北線の脱線箇所は、住宅地の外れで、そろそろ海岸線に近づいてくるあたりだった。国道も離れたところを走っているので、発見が少々遅れたようだ。まわりに住宅もなく、静かなところなので、かなり音も響いたはずだが、悲しいかな、その音に気付いたまわりの人は皆無だったに違いない。
カーブを曲がりきれずに脱線した光景を航空写真で写している。まわりに小さな森があるが、木はなぎ倒されていて、完全に倒れたあたりは禿げ上がっていた。
「ここまでひどいなんて」
確かにニュースで見ていると、現場の雰囲気がどこまで伝わってくるか分からないが、まわりに野次馬がいないだけに、現場のリアルな雰囲気だけが伝わってくる。作業員の真剣な眼差しが事故の悲惨さを物語っているようで、背筋が凍る思いだった。
死んだ人二人のうち、一人はハッキリと顔も身元も分かっているが、もう一人は分からないという。警察が必死になって身元の割り出しに苦慮しているというが、聞いていても他人事にしか思えない自分が情けなくなっていた。
「事故原因は何だろう?」
なかなか事故原因について報道しなかったが、最後になって、
「原因は不明です」
という報道があった。
その時に横から手が出てきて、原因についてのメモだったようだ。どうやら収録時間内に原因究明までの第一段階が並行して検討されていて、終了間際に分かれば、スクープとして報道する予定だったに違いない。
報道番組ではよくあることなのかも知れないが、さすがに随時変わっていく状況を伝えるニュースだけのことはある。それだけ時間を秒刻みで扱っている人たちの仕事だということを思い知らされる。
事故原因が分からないままニュースが終わると、今度は同じ南北線の山間を抜けたところにある平原地帯が当たり一面の菜の花畑に彩られる光景が映し出された。事故ニュースは完全にスポットで入ってきたもので、菜の花畑は最初から組まれていた番組編成だったのだろう。急な事故で変更ができなかったのか、画面いっぱいに黄色い花を咲かせている。
菜の花畑の報道は録画なので、のんびりとした中継が映し出されているが、さすがにキャスターの声からは、動揺が隠せない状態である。それでもさすがキャスター、この状況でもしっかりとした内容を伝えていた。
ニュースが終わると、本当に休息時間に入り、テストパターンから「砂の嵐」へと変わる。普段ならテレビを消すのだろうが、その時はじっとブラウン管に凝視していた。
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次