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短編集64(過去作品)

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目覚めはいつも自分の部屋



                 目覚めはいつも自分の部屋


 最終電車ともなると人が多いのだろうが、この路線は空いている。都会から田舎に帰るルートと違い、逆方向だからだ。すれ違う電車から見える人の多さに閉口しながら、気がつけば自分の乗っている電車の人の少なさに、今度は溜息が出てしまう。
 里崎は会社で仕事が終わるのが、最近は遅い。中途半端に遅い時が多いため、最終電車になることは珍しかったが、部長に誘われて呑みに行った帰りなどは、最終に乗ることが多くなった。
 呑んで帰る時は、意外と目が冴えていたりする。一つの車両に数人しか乗っていないと、車両の明かりが暗く感じられてしまうのも仕方がないが、窓際に座ってボンヤリと表を見ていると、窓が開いているわけでもないのに、どこからかすきま風が吹き込んでくるのを感じ、ゾッとする寒さがあった。
 その寒さが眠気を誘わないのである、眠くなってしまうと本当に目を開けているのが辛くなってしまうので、少しだけでもうつらうつらしてしまうことがある。そのほとんどがシラフの時であった。
 それでも乗り過ごしたことが一度もないのは、それだけ聡いたちだからかも知れない。
「乗り過ごしてはいけない」
 と思うと熟睡ができないのだ。
 それでもちょっとした軽い睡眠でも幾分か違うようで、降りる駅までに眠くなることはない。だが、眠っていた時間もあっという間だったような気がするのも事実で、まるでタイムマシンの感覚に近かった。
 実際に発明されていないタイムマシンであるが、映画などの描写から判断できる感覚として、時間をあっという間に飛び越えて、他の人の目にも留まらぬスピードで同じ場所に戻ってきた感覚である。
「睡眠とは、自分にとって、精神の行き届く最果ての地に行って帰ってくることじゃないのかな」
 と話していた人がいたが、それを聞いた時から寝ている時とタイムパラドクスがどこかで密接に繋がっている気がして仕方がなかった。
 SFについては、少し造詣が深い里崎だったが、テレビドラマや映画がほとんどで、あまり本を読むことはなかった。活字が苦手というわけではなく、SFほど映像と文章で違うものはないという考えであった。
 先に映像に親しんでしまったので、そこから文章を読むということは、最初から違うジャンルのものであるという意識がなければ、どちらかが面白くないはずだと思っている。
 元々雑誌などで歴史の話を読むのは好きだったが、小説などのフィクションはあまり好きではない。
「事実は小説よりも奇なり」
 という言葉があるが、歴史ものを読み始めると、フィクションはどこか物足りない気がしている。
 その日は、いつものように部長に誘われ、少しだけ呑んでいた。普段ほど呑んだわけではなく、部長が中途半端な時間に、
「おっと、今日は少し早く帰らないといけないんだ。そろそろお開きにしよう」
 と言って、いつもよりも三十分ほど早く店を出ることになった。
 この時間になると、電車もままならない。客の少ない路線であるため、午後九時を過ぎると、一時間近く電車の間隔が開いてしまう。
「これからどうしよう」
 駅までとりあえず歩いていくことにした。大きな駅なので、コンコースの中に小さな喫茶店があったが、まだ開いているかどうか自信がなかった。そのために、途中にある本屋で歴史の雑誌を買っていくことを思いついた。
 ちょうど、毎月購入している雑誌の発売日を過ぎた頃だ。その本屋では何度か買っているので、どのあたりに置いているかということも分かっている。本屋まで歩いているうちに酔いも冷めてくるだろうし、風を感じながら歩いているのも気持ちのいいものだ。
 本屋にはあまり人がいなかった。大きな通りに面していて、駐車場も充実しているので、主には車で訪れる人が多いのだろう。レンタルビデオ屋も隣接しているので、そちらにはそこそこ人がいた。
「なるほど、本屋だけではなかなか成り立たないという事情もあるんだな」
 いつも見ている光景なのに、あまりそこまで考えることはなかったが、その日は本屋に人が少ないにも関わらず明かりが眩しく感じられたので、余計に人の少なさに寂しさを感じてしまった。電車の中の寂しさとはまた別であった。
 目指す雑誌コーナーに行くと、歴史の雑誌がいくつも置いてある。ここは雑誌のコーナーに結構なスペースを取っていて、取り扱いもかなり豊富なようだった。
 この時間、客は単独の人が多い。立ち読みしている人も黙々と読んでいて、店内に流れるBGMが爽やかな風を運んでくるようであった。
 歴史コーナーにはいつも人がいないのだが、その日はいかにもOLと言った制服を身に纏った女の子が熱心に歴史の雑誌を読んでいる。それは里崎が購入している雑誌で、
「女の子でも愛読者がいるんだ」
 と思い、見てはいけないと思いながら、彼女の顔を凝視してしまった。
「当分忘れることがないだろうな」
 と思うほど強く見つめていたが、それは里崎に限って怪しいものだ。
 里崎は人の顔を覚えるのが苦手で、二時間も三時間も面と向って話をしていた人であっても、数日もすれば忘れてしまっている。目の前に現われてもまったく分からないかも知れない。
「営業はできないな」
 管理の仕事なので、何とか事なきを得ているが、もし営業に配属になったら一番の不安がそこにある。だが、会社としても里崎の管理部としての仕事に一応の評価を示してくれているので、とりあえずは安心だろう。あまり先のことまで深く考えない性格がいいのか悪いのか、これも里崎の性格の一つだった。
 里崎は性格的には多重なところがある。いろいろな性格が潜在しているわけだが、その一つ一つに実は関連性がない。だからこそ人から見て、
「多重人格なところがあるな」
 と言われるゆえんだろうが、よく大学時代に言われたものだ。さすがに社会人になってからは言われていない。お互いに気を遣っているとも言えるが、社会に出て心を通じ合う人と巡りあっていないというのも事実だろう。
 大学時代は、お互いに言いたいことを言い合える友達がいた。大学ならではの親友というべきか。高校時代までの親友とは一味違う。大学というところ、自由な発想と自由な行動が伴える唯一の世界ではないだろうか。そんな中での親友は一番相手を理解できる時代でもあるだろうし、好きなことも言える時代でもある。
 大学時代の親友とはやはり大学までの付き合いだった。本当は社会に出てからもずっと親友なのだが、お互いの世界が違いすぎるということで、お互いに気を遣い始めた。親友であっても、気を遣うようになると、どこかぎこちなくなってしまうもので、そうなれば親友も過去の人として残るだけである。寂しいが事実なのだ。
 里崎にとって、今の仕事は最初こそ窮屈で、自分にできるかまったく自信がなかったが、纏めた資料を見た部長から、
「なかなかよく仕上がっているぞ」
 と一言だけ言われたのがずっと頭に残っている。
 単純なところも里崎の性格の一つで、たった一言で自分に自信が生まれたり、自信喪失してしまうこともあった。
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次