短編集64(過去作品)
さっき、地下鉄を降りて幸恵さんのマンションの下まで行ったのは偶然ではない。幸恵さんに呼ばれたのかも知れない。だが、それ以上を幸恵さんが望むはずもない。自分の最後を見られたくないという思いは誰にでもあるが、特に幸恵さんには強いものだっただろう。
――普通の生活――
これが一番危険性を秘めていることを幸恵さんは身をもって教えてくれたのかも知れない。
結局その日、幸恵さんは現れなかった。帰りにマンションを訪れる気には毛頭なれず、それも最初にマンションの明かりを見たからだろう。幸恵さんはそこまで計算が出来る人だ。
帰りは風が強かった。一刻も早く地下鉄の駅に行きたくなるような。
耳鳴りのように乾いたサイレンの音が複数、響いているのを晴美は感じながら目指す地下鉄の駅しか見えていなかった……。
( 完 )
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次