短編集64(過去作品)
結婚式は結婚する本人たちよりも来客の方が賑やかで、
――誰のためのものなのか――
と思わざる終えない。
自分のためでもないのにどうしてここまでになれるのかと思っていたが、結局は自分のためでもあるのだ。
披露宴で他の招待客の異性に声を掛けて、二次会で仲良くなるなどという話はよく聞く話で、人の幸せのおこぼれに預かろうというのは決して悪いことではないだろう。だが、晴美にはそんな考えは毛頭もなく、嫌らしく見えるくらいである。
結婚相手を真剣に探している人もいるだろうが、見ていると、それ以上に邪な考えが見えてくるのが嫌らしいのだ。
軽く見えてしまう。見ている自分の目が軽いものにしか見えないことを後悔する。軽いものばかり見ていると、見え方がおかしくなりそうに思うのだ。そこまで思い込まなくてもいいのだろうが、晴美にはそんなところがあった。
自分の中に従順で、人に逆らえないところがあることを晴美は感じていた。
しかし、強情なところもあり、
――この人なら――
と思える人であれば、とことんまでついていくが、なかなかそんな人に巡り会えない。それ以外の人には目もくれず、どちらかというと、人見知りするタイプであった。
それは男性に対してだけではなく、女性に対してもである。ある意味、女性に対しての方が顕著に現れているかも知れない。
今までに巡り会ったと思えた人もいた。
高校の時の彼氏がそうだったのかも知れない。だが、時期も悪かった。お互いに受験で悩んでいて、なるべく相手の痛いところに触れないようにしていたつもりが、余計な気を遣うことになってしまい、距離ができてしまった。
気を遣いすぎると、広がった距離を元に戻すことは難しい。どちらかから歩み寄ればいいのだろうが、腫れ物に触るように気を遣ってきた仲、距離を保つことが自然に思えてきたのだ。
「私は人に気を遣ってばかりいたのかも知れないわね」
幸恵さんが呟いた。親密な仲の人でなければ、
――何言ってるんだ――
と思われてしまうだろう。幸恵さんは誤解を受けやすいタイプで、相手を思うあまり熱心になりすぎて、相手を傷つけることも得てしてあったかも知れない。本人にその自覚はないのだから、相手に分かるはずもない。距離が広がってしまい、お互いの気持ちがすれ違うことも多かっただろう。
相手がマザコンというのも引っかかった。
癒しを求めているのかも知れないが、男性が求める癒しを幸恵さんが持っているだろうか?
――こんなはずではなかった――
と思われるのが関の山ではないだろうか。
甘えを許さないタイプの女性である幸恵さんは、ひょっとすると、相手によって態度を変えるのかも知れないと感じた。相手が甘えてくる男性であれば、甘えさせてあげるような女性だったりすると、少しがっかりである。
だが、誰にでも同じような態度を取っていると言い切れないだろう。人間なのだから、相手によって態度を変えても仕方がないことだ。ましてや、立場上のこととなればなおさらである。
――私に接する態度も本当の姿ではないのかも知れない――
晴美はそう感じた。
どれが本当のその人の姿かということを今まであまり考えたことがなかった。特に自分のことも分からないのに、人のことが分かるはずないと思っていたからである。だが、意外と自分のことよりも人のことの方がよく分かるというものではないだろうか。
自分の姿というものは、自分では見ることができない。だが、他人はいつも見ているものだ。
逆に鏡に写った自分を見るのは、自分だけである。鏡に写してからしか見ることができないからである。そういう意味では誰も知らない自分は、自分だけが知っていて、自分の知らないことは他人だけが知っているとも言えるであろう。
――もし、自分にしか見えない部分が見える人が他にいたら、そして、それがその人にとって自分がその存在だったら――
そんなことを考えてみる。
誰が自分にとって大切な人かというのを探すには一番見つけやすい考え方である。
時々鏡に写っている自分を見ることがある。
――こんな自分を好きになってくれる人がいるのかな――
と考えながらである。
高校時代に付き合っていた彼は、鏡に写った晴美を後ろから抱きしめてくれたことがあった。別に卑猥な感じではなく、やさしく包み込んでくれたのである。その時の自分の顔、今でも覚えているが、本当にあどけない表情をしていた。目尻が下がって、こんなに優しい顔になれるのかと思うほどであった。
「やっぱり、君は僕の思っていた通りの女性だ」
「どう思っていたの?」
「言葉ではいえないかな?」
「ふふふ」
そんな会話だっただろうか。まるで大人になったかのような気分になり、自分がシンデレラ姫になったかのようであった。だが、時間が来れば元の貧しい女の子に戻ってしまうシンデレラ、元々シンデレラというのは、貧しい女の子という意味であることを知ったのもその頃だった。
それでも、大人として味わった気分を忘れることはなかった。
大人になったつもりになると、今度は男性に甘えたくなる気持ちが強くなる。
――どうしてなんだろう?
いつもは、
――人への依存心はなるべくないようにしなければいけない――
と思っていたはずなのに、不思議である。就職してから幸恵さんに依存心の話をされてドキッとしたのも、依存心がないようにと考えていたからである。
男性への依存心は、女性の持って生まれたものだと考えれば辻褄は合った。だが、それでは気が済まないのが晴美で、なるべく素直でいたいと思いながらも、一人でいる時間が大切だと思う晴美にとって依存心は邪魔なもの以外の何者でもなかった。
彼と別れてから、しばらく男性を意識しなかった。ボーイフレンドくらいはいたが、それも自分が成長する中での友達の一人として以上に思うことはない。お互いの向上心のための付き合いだけだと思うと、自分も男性の社会の中に入り込んでいるようで、今までに感じなかったものを感じている充実感があったのだ。
彼と別れて、他の男性と付き合ってみたが、恋愛感情にまで結びつくような男性は一人もいなかった。誰もが薄っぺらく見えてしまって、やはり最初に付き合った男性以上の人はなかなか現れない。
何事も最初に始めた人が偉いと思うところが晴美にはあった。いわゆるパイオニアと言われる人たちで、その後にどんなに改良されたものが発明されても、パイオニアにはかなわないと思っている。
自分の中で、初めてという感覚があまりないからかも知れない。作られたものの上に自分たちの生活があることで、恵まれすぎているという気持ちが強い。小さい頃から想像することの好きだった晴美は、
――発明家になりたい――
と思ったこともあったくらいだ。
だが、現実を知るうちにそんな気持ちも次第に薄らいでいった。
――自分にできることをすればいいんだ――
と思うようになってきたが、それは決して妥協ではなかった。発明でなくても、想像することはできる。芸術に造詣を深かったのもそのせいである。
大学に入ると、クリエートのサークルに入った。
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次