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短編集64(過去作品)

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「幸恵さんらしいわね」
 満面の笑みを浮かべるつもりで言ったが、どう見ても皮肉にしか聞こえないだろう。
「そう? ちょっと照れくさいんだけど、それも私の性格の一つなのよね」
 さらに苦笑いをしたが、今度は明らかに耳が赤くなっている。さすがに恥ずかしいのだろう。これ以上苛めるのは気が引けるし、苛めることが本意ではない。
「新鮮な気持ちを持てるということは素晴らしいと思いますよ」
 敬語になっているのは、幸恵さんの素直な気持ちに敬意を表しているからだ。たまに茶化したりするが、幸恵さんは永遠に自分の先生だと思っている晴美である。
 学生時代には数人の男性と付き合ったが、それも短かった。男性のわがままが見えてくると、急に冷めてくるからである。
「あなたって、そんな人だったのね」
 ある程度までは我慢するが、我慢の限度を超えると、晴美は一変する。それまで悪たれをついていた男性も、晴美の迫力におされて、それ以上何もいえなくなってしまう。
 晴美は硬いところがあった。
「それくらいいいじゃないか」
 男はたいてい、そう言うだろう。だが、男女関係での妥協を許さない晴美は、それでも相手の話をちゃんと聞く。
 男女の間で妥協を許さないのは、それだけ男性のことを分かっていないからだと思っている。誰もが異性のことは分からない。特にそのことを晴美は気にしている。だから、一線を引こうと考えるのだ。
 分からないものにのめりこむことほど怖いことはない。付き合っていればたいていの性格は分かってくるが、決定的な違いとして、相手が男性であるということ。それを忘れると決して交わることのない平行線の上を、相手を捜し求めて彷徨い歩くに決まっている。そんなことはしたくない。かといって、分からないまま一緒にいるのも耐えられなくなってくる。長続きしないのは、そのあたりが分かってくるからではないだろうか。
 大学時代に一番長く続いたのは、半年付き合った男性であった。
 相手は誠実な男性で、真剣に結婚まで考えてくれていたようだ。
――もし、相手が結婚まで考えなければ、もっと長く続いたかも知れない――
 晴美はそんな風に感じる。結婚という二文字がまったく未来のもので、実感の湧かないことだったのが一番大きな理由である。
 あまり先のことを考えないようにしている。先のことを考えなければいけない時はあるのだろうが、その時に考えればいいことで、それ以外に考えてしまうと、ロクな結論を出せないと思ったからだ。
 そんな晴美に対して、付き合っていた彼は快く別れてくれた。
――相手を傷つけてしまった――
 という後ろめたさは残ったが、別れてからも友達として付き合うことができたことで、後ろめたさが少し解消された。
 彼も聖人君子ではない。普通の男性で、晴美と別れてすぐに他の女性と付き合い始めた。
相手は晴美の親友だったことから、ずっと親友は彼のことを狙っていたのかも知れない。
 親友は彼と付き合い始めてから少し距離を置くようになった。何しろ結果的に相手の元カレを取ってしまった形になるのだから、気まずいのも仕方がないだろう。
 二人して晴美と一線を画すようになると、自分のわがままから別れた彼がいとおしく感じられるようになっていた。
――そんなバカな――
 自問自答を繰り返すが、自分にウソをつくことはできない。心のどこかで彼を思っているのかと問いただすが、
――もう、彼への気持ちはない――
 という答えしか返ってこない。その気持ちにウソはないだろう。
 ということは、考えられることは、嫉妬心が沸々と煮えたぎっているということだ。
 誰に対してという嫉妬心ではなく、恋愛というものに対しての気持ちで、逃がした魚が大きく見える心理現象が働いているのかも知れない。
 だが、そんな自分を晴美はいとおしく感じていた。嫉妬している自分が本当であれば醜く見えても仕方がないはずなのに、いじらしくさえ感じるのだ。この気持ちが自分の中でジレンマとなり、一人でいることの寂しさを思い知らされた。
 しかし、不思議なもので、それも時期がくれば次第に感じなくなる。その時のことを忘れることはなく、時々思い出すのだが、自分を省みるという意味で、貴重な時間だった。
 そんな晴美と違い、幸恵さんは、あまり男性付き合いは少ないようだ。
「大学の時に、一人の男性と付き合っていたことがあったんだけど、お互いに忙しかったというのもあって、あまりデートとかしたこともなかったのよ。彼は医学の方を専攻していたし、私も学費は自分で稼いでいたので、アルバイトで忙しかったのよ」
 幸恵さんは、親の反対を押し切って、都会の大学に進学した。親からの援助を期待できず、また、本人も期待するつもりは毛頭なかったので、アルバイトをしながらの苦学生だったのだ。
 スーパーのレジ係から、経理関係の仕事まで手広かったようだ。そのおかげで、社会人になってからの心構えも自然と身についてきたのだ。
「だから、まともな交際ってわけにもいかなくて、最後は自然消滅のような感じだったわね。でも、お互いに自分の進むべき道が決まっていたので、それはそれでよかったと思っているわ」
「幸恵さんは、今の彼氏と結婚を考えているんでしょう?」
「ええ、私が知り合った男性の中で一番庶民的な人で、忘れていた何かを思い出させてくれそうなのよ。ちょっとくせはあるんだけどね」
 と言って話してくれたのが、甘えん坊であることと、少しマザコンであることであった。
「マザコンって、ややこしいらしいけど、大丈夫なんですか?」
「マザコンといっても、そんなドラマになるようなひどいものじゃないのよ。実際に母親を小さい頃に亡くしているので、私の中に母親のイメージを見ているらしいのよね」
「彼はそのことを幸恵さんには?」
「言わないわ。でも、一緒にいて感じるのよ。いとおしくなってくるのよね。これが女心なんだって思うと胸が締め付けられるような気分になるの。こんな気持ちになるのって、初めてだわ」
 女性にはそんな気持ちになることが必ずある。一つの分岐点と言ってもいい。心の分岐点は思春期にはたくさんある。それに気付くか気付かないかは、その人の性格なのだろうが、得てして、後になって気付くことも少なくはない。
「あの時のあの気持ち」
 幸恵さんは、今思い出しているのかも知れない。思春期の思い出は決して消え去るものではない。心の奥底のどこかにしまいこんでいるものであるはずだ。
「私は普通の生活がしたいのよ」
 おもむろに幸恵さんが呟いた。
 普通の生活とは何だろう?
 晴美が思っている普通の生活とは、仕事をして毎日を充実した気持ちで過ごすことに従事したいと思っている。そこに人間関係が絡んでくるのは仕方がないことではあるが、基本的には、最後は自分一人なのである。
 結婚という言葉を意識したことは今までにも何度かあった。
 当然、まわりでも結婚していく人が何人もいるし、披露宴に呼ばれたこともあった。だが、結局は他人事である。
 いくら親しい人であっても、感動するようなことはない。冷めているといわれても仕方がないが、一度目は時間がなかなか経たなかったが、二度目以降は、あっという間に時間が経ってしまう。
作品名:短編集64(過去作品) 作家名:森本晃次