夢ともののけ
それが思春期に入りかけの頃だったので、精神的な成長と、肉体的な成長のギャップの狭間で、精神が大人になりきれずに苦しんでいる時、迷いを抱かせる感情を、父親によって埋め込まれた気がしたのだ。
そんな時、優香は翼と一緒に歩いている時、見てはならないものを見てしまったのだ。
あれは、翼と麻美と三人で遊園地に出かけた時のことだった。その日は学校の創立記念日で、他の人には平日だったが、優香の学校だけが休みだった。
「こんなことって一年に一回だけのことだから、普段祝日や日曜日で多くて行けないところに出かけてみようよ」
という翼の提案で、
「だったら、遊園地がいいんじゃない?」
という麻美の意見で決着した。
優香も麻美が口に出さなければ自分が言葉にしていたと思っていたが、行動力という点で、麻美に劣っていた。本当は控えめではないはずなのだが、麻美と一緒にいると、まわりから優香の評価は控えめに見られているようだった。
「うんうん、それがいい」
と、優香は嬉しそうに言ったが、それは自分も言うつもりだったということに対しての自己満足であった。
他の人であれば、
――先に言われてしまった――
と感じ、喜んだりはしないだろう。
だが、優香はここで喜ぶような女の子だった。もっとも、相手が麻美だから喜べるのであって、他の人であれば、喜んだりはできない。いくら友達だと思っていても、麻美との間ほど親密ではないので、きっと喜んだりはしないだろう。
「遊園地なんて、久しぶりだわ」
と言ったのは麻美だった。
優香も小学校五年生の頃に家族で出かけたのが最後だった。その時の記憶はかなり昔のように思えたが、麻美に先に言われてしまうと、またしても、言葉を飲み込んでしまう優香だった。
優香は麻美と翼との遊園地を楽しみにしていた。今までは家族でしか来たことがない遊園地だったが、正直、優香にとっての遊園地は、お世辞にも楽しいものだったとは言えなかった。
休みの日の予定を決めるのはいつも父親だった。
休みの日の恒例は街に出かけるのが一番多く、百貨店に出かけることが一番多かった。今では百貨店も昔のような家族で出かけるところではなくなっているのに、なぜか父親は百貨店が好きだった。
優香には二歳下の弟がいるが、弟も、
「何で毎回、百貨店なんだよ」
と愚痴を零していた。
優香も自分に愚痴を零されてもどうしようもないと思いながらも、弟に対して苦笑いをするしかなかった。優香は父親に対して反発する反面、弟に対して、
――大切にしてあげよう――
という思いを強く持っていた。
優香は母親も好きではなかった。何かあるごとに、
「お父さんの意見を聞いてみないと」
と、最後はお父さんに丸投げの形になっている。
さらに、子供が何かをしでかすと、
「お父さんが何て言うか」
と言って、決して母親は自分の意見を言わない。
そんな母親を見て優香は、
――なんて優柔不断なんだ――
と感じていた。
母親を見ていて、自分の意見がどこにあるのか、感じたことはなかった。すべてが父親の指示の下の行動で、
――まるでお父さんの言いなりじゃないか――
と感じていた。
その思いを優香よりも弟の方が強く感じていた。そういう意味で、弟は母親を軽視していて、それは女性という人種すべてに言えることのように感じているようだった。優香の場合は違っていて、
――あんなお父さんだから、あんなお母さんしかついて来れないんだわ――
と感じていた。
弟のようにすべての男女を両親に当て嵌めて見ているわけではなく、両親のような男女が一緒にいることは無理もないことだと感じているのが優香の考えだった。
だが、優香はもちろん両親ともに嫌いだった。弟のように男女全体を見ることができればもっと違った目で両親を見れたのだろうが、優香にとって親というものは、他の男女とは違った特別なものだと考えていたのだ。
弟の考えは次第に変わってきて、男女すべてひっくるめるようなことはなくなってきた。優香の考えに近づいてきたとも言えるが、その距離は、まだまだ隔たりがあった。優香の考えも極端で、
――一旦誰かを嫌いになると、とことんまで嫌いになる――
という性格でもあったのだ。
父親に対しては特にそうで、どんなに自分が大人の考えになろうとも、父親の考え方に近づくことはないと思っていた。
それは、母親の存在も大きかったのは否めない。なぜなら、自分がこのまま父親の考えに近づいたりすれば、父親の考えの影響力を受けて、母親のように父親の言いなりになりかねないと考えたからだ。
思春期に入ってきた優香は、自分が思春期に入ったことを自覚していた。精神的なものというよりも、先に肉体的なものが思春期を感じさせ、無意識のうちに身体が暑くなったり、疼いてくるような感覚に陥ったりしていた。
精神的には何ら変化がないのに、肉体だけが反応するというのは、明らかに思春期の兆候だと優香は感じた。
別に思春期に対して勉強したわけではないが、中学に入ってから読んだ小説の中での思春期の少女の気持ちに似たところがあった。
その頃の優香は、まだ本をまともに読める感覚ではなかった。どうしてもセリフから先に読んでしまうところがあったので、普通の小説は読めないだろうということで、まずはライトノベルから入ることにした。
思春期が読む恋愛小説は、アニメ番組の原作になりそうなもので、読んでいるうちに引き込まれてくるのを感じた。読みやすいという感覚もあり、セリフが多いのも優香にはありがたかった。
「思春期のライトノベルを見る少女の感覚って、男の子がヒーロー特撮ものを読む感覚に似ているのかも知れないな」
と、翼は言った。
「俺も、小学生の頃は、特撮番組を見ては、原作のノベライズを読んだものだよ。アニメにしてしまうと、せっかくの特撮の効果がなくなってしまうからね。そういう意味では小説って、想像力のたまものでもあるんだよ」
と言っていた。
優香がノベライズであっても小説を読むきっかけになったのは、この時の翼の話からだったと言っても過言ではない。
翼の言うことは、結構前から真剣に聞くようになっていた。その分、他の人の言うことをなかなか信用しないところがあり、
「子供にしては、あまり素直ではない」
と言われていたところでもあった。
だが、優香は自分の感じていること以外を信用しないところが昔からあった。少しでも疑問に感じたところがあれば、それ以上のめり込むことはなく、一歩下がって考える方だった。だから勉強も苦手で、疑問に感じてしまうと、そこから先に進むことはなかった。
父親への反発も、そんな意識からなのかも知れないと思っていたので、翼が自分の父親に対して嫌いなところがあるなどと最初は信じられなかった。
――私とは違うところで、父親への嫌悪があるに違いないわ――
と優香は感じた。
優香は、翼に父親のことを振れることはなかった。それなのに、どうして翼が自分の父親を嫌いだということを知っているのかというと、翼がその話を麻美にしているところを偶然聞いてしまったからだった。