夢ともののけ
「夢っていうのは、都合のいいことはすべて忘れてしまって、都合の悪いことだったり、怖いことだけを覚えているように思うのよ。そんなの嫌よね」
と言っていた。
「それはそうかも知れないけど、夢の存在を自分が認めないと、夢が今度は自分の存在を認めてくれないような気がするの。そうなると夢なんて見ることもできなくなるし、夢を見ることができないと、心の中に余裕なんて持つことができなくなってしまうような気がするの」
と優香がいうと、
「難しいお話よね。分かる気もするんだけど、私にはやっぱり理解できない。どうしても夢は正面からしか見ることができないから、こんな思いになるのかしらね」
と言っていた。
「夢というのは、潜在意識が見せるものだって聞いたことがあるけど、私はその通りだと思うの。だから夢を見ることができなくなると、自分が何を考えているのか、分かるすべがなくなってしまうような気がするの」
と優香は言った。
優香とその友達とでは考え方が真逆のように感じられたが、本当の真逆であれば、百八十度回転して、重なり合うことになる。すべてが重なり合うことにはならないが、重なる部分が多ければ多いほど、今度は見えてこない部分が増えてくる。真逆ということの本当の恐ろしさは、
――相手のすべてを見通すことができない――
ということではないだろうか。
そんな友達との話を思い出していると、目の前にいる彼に自分のすべてを見透かされているかのように思っている優香だったが、
――本当は、彼には何も分かっていないから、分かっているかのようなふりをして、いろいろ言ってくるのかも知れないわ――
そう思うと、
――ただそれが実際に図星なので、私は世惑っているんだわ――
と感じた。
しかし、逆を考えると、相手も手探りで様子を見てきているところで、優香が彼の想定外の反応をしているとすれば、彼の心境はどうであろう? まともな神経でいられるだろうか? それを考えると、相手との立場関係という意味では、どちらが強いなどという発想ではなく、
――相手に悟られないようにしよう――
という思いをいかに表に出さないようにしようという態度が、却って相手にこちらの心境を探らせるに有利なイメージを抱かせることになるのかも知れない。
優香は小説を書きながら、自分の世界に入りこんでいると思っていた。
――自分の世界って何なんだろう?
と考える。
普段何かを考えている時の自分が、普段人と接している時の自分と違う次元にいるのではないかという発想を抱いたことはあったが、何かを考えている時の自分と、小説を書いている時の自分が同じ次元なのかどうか、考えてみたが、よく分からなかった。
同じように、普段人と接している自分とは違う次元にいると思っている二つを、平行して見ることができるのかどうか、優香には分からなかった。
小説を書き始める時の発想は、いきなり浮かんでくることが多い。普段から一人でいる時は絶えず何かを考えていると思っている優香にとって、いきなり浮かんでくる発想というのは、実は稀なものであった。
――それだけに、一度浮かんできた発想からの派生には、無限のものを感じられるのかも知れない――
無限という言葉は大げさではあるが、それほど発想がいきなり浮かんでくるというのは自分でも不思議だった。
――小説というものは、読むものだ――
という思いを、子供の頃に抱いていた。
それは、読むこともできないくせに書くなんておこがましいという発想から生まれたものだが、小説を書くというのは、
――普段考えていることをそのまま表現すればいいだけ――
という発想に立ち返ってみれば、それほど難しいことではないように思えた。
もちろん、やってみてどれほど難しいかということは経験済みだが、
――そのまま表現すればいい――
という、簡単なことを思い返してみれば、どのようにすればいいか、工夫を考えるのも今から思い出してみれば、楽しいものだった。
「優香さんは、小説を書く時に何を大切にすればいいと思いますか?」
いきなり彼が難しいことを聞いてきた。
難しいというよりも、漠然とした質問に、キョトンとしていると言った方がいいかも知れない。いや、漠然とした質問ほど難しいものはないという考えで結びつけることのできることであった。
「難しい質問ですね。私はなるべく先を読めるように考えながら書くことじゃないかって思っています」
というと、
「本当にそうですか?」
「えっ?」
彼は優香の回答に違和感を持っているようだった。
「優香さんの回答は、何か体裁を繕った綺麗な回答に思えるんですが、いかがでしょうか?」
と言われたが、それを認めることは優香にはできなかった。
なぜならその言葉が図星だったからである。
優香が黙っていると、
「失礼しました」
と彼はなぜか謝罪した。
なぜ謝罪するのか分からなかったが、優香にとって彼の謝罪は屈辱的なものであったが、それほど怒りがこみ上げてくるということはなかった。
「僕が思うに、小説というのは、対比している何かをいかに表現することではないかって思うんです。今こうやって話をしている間にも、対比しているものについて考えたりしましたからね」
「たとえば?」
「先ほど話した偶然と必然の考え方であったり、妄想と瞑想についてであったり、対比すると言っても、完全に真逆である必要はない。それぞれに同じ次元で並び立つものであっても、全然問題ないものなんですよ」
と彼に言われて、優香はさっきの踏切での話を思い出していた。
――そういえば、私はいつも頭に思い浮かぶシチュエーションが同じような気がする――
と思った。
小説にして文章に書いてしまうと、まったく違う場面になってしまうが、シチュエーションとして最初に頭に浮かぶことは、いつも同じなのではないかと思った。
だからこそ、書き始める時のアイデアやイメージは、途中までであって、後は書きながら積み重ねていくことにしている。無意識に考えていることで、自分が目指していたことが目に見えなくなってしまい、小説の先を考えるということの楽しみに変わってしまっているのではないかと思う。
小説のネタを考えるのは、頭の中からアイデアを絞り出すようなものであり、結構辛いものだと思っている。それだけに思い浮かんだアイデアは貴重であり、かけがえのないものとして新鮮である。そう思うことが小説を書くことの優香にとっての意義であり、楽しみの原点なのだ。
踏切のアイデアは、今までに何度も膨らんでいた。踏切から思い浮かぶこととして交通事故があったり、田舎のローカル線で、踏切に引っかかることなど、実に稀であることなど、勝手な妄想は、いつもそのあたりで落ち着いていた。
だから、思い出せるのであり、容易に発想に繋がってくる。ただ、抱いているイメージは普段封印しているのか、普段何かを考えている時にも浮かんでこない。だからこそ、
――小説を書いていると、いきなり何かが思い浮かぶんだ――
と感じているのではないだろうか。
小説と絵画での一番の違いは、