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夢ともののけ

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 優香も小説を書いている時に、いつもそのことを感じている。そのくせ書き終わってから小説の内容を覚えていないのに、集中していたという意識だけは持ったまま我に返るのだ。
 彼が言ったように、左右の指で別々の行動ができない優香は、小説を書いている間に別世界に入りこむことはできても、我に返ると、その時のことをすっかりと忘れてしまっている。
 だから、その日の執筆が終わって、翌日また続きを書こうとするその時が一番辛い思いがあるのだ。
――思い出すまでが大変だ――
 という感覚である。
 だが、彼が言った指の話を思い出すと、少し気が楽になったような気がする。もしこの話を他の人にされたのであればピンと来なかったかも知れないが、してくれたのが彼だったから何とか分かったのである。優香は彼の存在が偶然ではなく、必然であることを意識したのだ。
 それを思うと、今の彼の話もピンポイントであったと感じた。
「あなたのいうことに偶然なんて言葉は似合わない。すべてが必然であり、繋がっているように思えてならないの」
 と優香がいうと、
「そこまでは考える必要はないと思いますが、必然だと思うのは必要なことだって思います。今まで偶然だと思っていたことも、よくよく考えると必然だったことも結構あるでしょう。それでも自分で偶然だと思うのは、偶然だって思いたいからであり、偶然というものを自分の中で割り切ったものだって感じたいからなんでしょうね」
 優香は少し首を傾げた。
「そうですか? 偶然というものって割り切れないから偶然だって感じるものなんだって私は思っていましたよ。理屈では説明できないものを偶然という言葉で片づけることは言い訳に近いものなのかも知れませんが、割り切ろうという気持ちがあるわけではないと思うんです。むしろ割り切ってしまうと、せっかく偶然と考えたことが色褪せてしまうように感じるからですね」
「なるほど、優香さんの言いたいことは分かりました。でも、偶然ってそんなにたくさんあるものなんですか? というよりも偶然がたくさんあった方が安心するんですか?」
 と聞かれて、
「安心するかどうか分かりませんが、少ないよりも多い方がいいような気がします。自分で何とかできないことでも、偶然に助けられるということもありますからね」
「でも、偶然っていいことばかりなんですか? 悪いことが重なることだってあるんじゃないですか? そのことを忘れてしまうと、偶然に依存することになる」
 という彼に対して、
「偶然に依存という言葉の意味がよく分かりませんが、偶然というのは、自分の意志の働かないところで起こる偶発的な出来事ですよね。それをまるで待っているかのように依存というのはおかしい気がしてですね」
「でも、偶然を期待しているわけでしょう? だったら、それは依存していると言ってもいいんじゃないですか?」
 と彼は言った。
 お互いにどこかがすれ違っているかも知れないと優香は感じていたが、売り言葉に買い言葉は、どうすることもできなかった。
「私は偶然を期待しているというよりも、何かのハプニングを期待しているのかも知れませんね」
 というと、
「それはきっと、あなたが自分を客観的に見ようとしているからなのかも知れませんね。主観的に見ているんだったら、ハプニングを期待しているなんて、なかなか言えることではないでしょうし、客観的に見ているというのも、小説を書いている弊害のようなものかも知れませんよ」
 彼のいう、
――客観的――
 という言葉には何か思い入れのようなものを感じた。
 しかし、その後に出てきた、
――弊害――
 という言葉には、少し違和感があり、彼が何を言いたいのか、ますます分からなくなってきた。
「ハプニングというのは少し言い方が違うのかも知れませんが、絶えず小説のネタを探しているのは間違いないでしょうね」
「今僕たちが話している内容は、あくまでも、優香さんが小説を書いているということが主題であって、そこからいろいろと派生する話になってきていることを忘れないようにしてくださいね」
 と、彼は言い訳のように言ったが、考えてみればまさしくその通りだった。
 優香の方で勝手な解釈を巡らしていたのは事実だし、彼の言葉にいちいち反応してみたり、自分との考えの違いを探してみたりと、論理から考えようとしていた傾向にあったことを感じていた。
 彼は続けた。というよりも少し横道に逸れた話を戻すかのように進めた。
「あなたは小説が書けるようになったのを、書いている間に先のことを考えられるようになったからだって言っていましたが、読み返したりしました?」
 と聞かれて、
「いいえ、あまり自分が書いた小説を読み返そうという気はしません。そのせいもあってか、たまに話が飛んでしまったり、中途半端で終わってしまっている章があったりという事実もあります」
「そうでしょうね。なかなか自分が書いた小説を読み返すことをしたがらない人も多いと思います。プロになりたい人には必須なんでしょうが、そうでない人に果たして読み返すことが必要なのかって、僕は感じることもあるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
 優香は、自分が小説を書けるようになったその弊害として、自分の小説を読み直すことをしないというのが付きまとっていることを気にしていた。
 もっとも、書けなかった時期にも読み返すことはしなかった。読み返しても先に進める根拠も何もなかったからだ。
「でも、どうして読み返さなくてもいいと思うんですか?」
「書きながら思い浮かんだことって、集中しているからできることですよね。あなたの言う通り、小説を書いている時間が別世界での出来事のように感じているのであれば、書いていたまさにその最中の心境には、永遠に立ち返ることはできないと思うんですよ。同じ心境になれないのに、読み返すと完全な客観的にしか見れなくなる。推敲というのは、書いていた心境になれて初めてできるものだって僕は思うんです」
「そうなんですか?」
 優香は、本屋に行って、
『小説の書き方』
 というハウツー本をいくつか買って来て、読んだりした時期もあったが、その中に書かれていたこととして、
「推敲するには、客観的に見ることが必要」
 と書かれていたような気がした。
 だから、優香には自分には推敲はできるかも知れないが、それだけにやりたくないという思いがあった。できるというだけを理由にしてしまうと、本当の自分の意志が反映された作品にはならないと思ったからで、その思いは今でも変わっていない。
「優香さんの考え方は私には分かっているつもりなんですが、どうやら優香さんは、自分の考えていることを表現するのがあまりうまくないようだ。それは言葉にするのもそうだし、小説でも同じことだと思います」
 と彼は言ったが、優香はそれだけに、小説を書いている時の自分が別世界に存在しているということを感じていたかった。
「小説を書いている時の自分が、本当の自分なのかどうなのかって、何度も考えたことがあるわ」
 と優香が言うと、
「それでどうでした?」
 と、彼が答えた。
作品名:夢ともののけ 作家名:森本晃次