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夢ともののけ

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「なるほど、私はそれでいいと思いますよ。でも、あなたが小説を書けるようになったのはそれだけではないでしょう?」
 と彼は優香の気持ちを見透かしているようだった。
 しかも、その言葉には、
――もっと早く言えばいいのに――
 という優香がまるで焦らしているかのような感覚を持っているかのようにも見えた。
「ええ、私が小説を書けるようになった最大の原因は、書いている最中に先のことを考えることができるようになったことだって思っています」
「そうですよね。優香さんは見ていると、一つのことに集中してしまうと、まわりのことが見えなくなってしまい、書いていることに集中している最中は、考えていることがそのまま文面に現れていないと難しい人だったはずなんです。でも、今では先のことを考えながら書けるようになった。大げさですが、一種の覚醒のようなものだって言えませんか?」
「それは大げさですね」
 優香は照れ笑いというよりも苦笑していた。
「でも、優香さんとすれば、普通にしていれば、先のことを考えながら書くなんてできる人ではないと思うんです。それを平然とやりこなすということは、あなたの中の一つ先にある何かが見えていないとできないことだと思うんです。それを見ることができるようになるには、かなりの薄いところを引かなければ難しかったはず、それを引き当てたのは、あなたが試行錯誤を繰り返したことによるものだって僕は思っています」
 優香にとっては、十分な褒め言葉だった。
「ありがとうございます」
 素直に嬉しかった。
「僕がここで書いている小説は、あなたにとっての想像力であり、感性であり、そして覚醒なんです」
 と、彼はまたしても大げさなことを口にしたが、今度は優香としては、それほど大げさには感じなかった。
「先のことを考えられるようになったのは、自分にとって奇跡的なことだって思っているんです。なぜなら、私が小説を書けなかった最大の理由に、『気が散ってしまう』というのがあったからなんですよえ。でも、それは『ながら作業』ができないからということで書けなかったんです。それなのに、先を読みながら書けるようになるなんて本当に奇跡のように思えるんです」
「優香さんは、小説を書きながら、他の芸術にも興味を示そうと思ったことがあるでしょう?」
「ええ、小学生の頃に芸術的なことは全部諦めたから、まさか小説を書こうなんて思うようになるとは思っていなかったので、他にも何かないかって考えたんです」
「音楽も考えましたよね?」
「ええ、ギターとかピアノを弾いてみたいって思いました。でもダメでした」
「どうしてダメだったのか。ご自分で分かりますか?」
「ええ、分かっています。これも小説が書けない理由から来ているんだって直感しました。だから、音楽は早い段階で辞めたんです」
「それはどういう意識でダメだって感じたんですか?」
 彼は分かっているようなことでも聞いてくる。
 しつこい感じがしたが、これも心理的な意味で何か理由があるのかと思って考えていると、別に腹が立つこともなかった。
「さっきも言ったんですが、私は一つのことをしようとして他のことができないんです。気が散ってしまうというのは小説を書いている時の感覚でしかないんですが、全体的に言えば、一つのことに集中すると、他が見えないという性格に起因しているということになると思います」
「よく分かります。だから、音楽を断念したわけですね」
「ええ」
「じゃあ、今は小説も書けるようになったので、音楽をまた始めてみてもいいんじゃないですか?」
「それはするつもりはありません」
「どうしてですか?」
「今は私の中で小説が特殊なものに感じているからだって思います。前は小説も音楽も同じ芸術として一括りにしていたんですが、今は少し違ってきています。そういう意味では絵画に対しても今はやってみようとは思いません」
「じゃあ、音楽は今後もやってみようとは思わないと感じているけど、絵画に関しては、今はやらないと思っているけど、将来は分からないと思っているんですね?」
「ええ、自分ではそうだって思っています」
「ピアノやギターというのは、両手で操作するのが基本ですよね。しかもそれぞれの指は別々の動きを示している。だから優香さんは、一つのことに集中しているのにって感じたでしょうね」
「そうです」
「でもね。両方の手を別物だって思わない方法もあるんじゃないですか?」
「どういうことですか?」
「たとえばの話ですね。自分の手首から先に五本ついているもの、これは何ですか?」
「指です」
「そうです。指というのは、手首から先に五本分かれて単独で存在しているものですよね。ではそれぞれの指がすべて同じ動きをしていますか?」
 と言われて、優香はハッとした。
「いいえ、単独で動いています。でも、それは指がそれぞれに特徴を持っていて、大きさも違えば形も違います。当然役割が違うので、動きが違ってもそれは当然なんじゃないでしょうか?」
「ええ、その通りです。あなたの言う通りだって思いますよ。優香さんの考えている通り、手は同じ種類のモノであり、ただ右と左に別々にあるだけで、同じものだって発想ですよね。私もそれで正しいと思います。でも、一歩進んで、自分の指との比較を、あなたはしてみましたか?」
 と言われて、
「いいえ、していません」
「あなたが今考えているのは、最初から手と指の特徴の違いを自分が無意識にですが、意識していたと考えているからでしょう? でも今あなたはハッとして、我に返った。そのことを意識していなかった証拠なんじゃないでしょうか?」
「確かにそうかも知れません。きっと、この話を聞いて、自分の中で何とか言い訳を考えて自分を正当化しようとしている意識が働いていたのかも知れませんね。そういう意味ではあなたの言う通りです」
「僕は何も、一歩進んで考えると、別の考えが生まれるなどというありきたりの説教をするつもりもありませんし、実際に一歩進んで考える必要もないと思っています」
「どうしてですか?」
「確かに今の話のように、一歩進んで考えれば、できないと思ったこともできていたかも知れません。ただ、それがあなたにとってよかったのかどうかって、分からないでしょう? いつその答えが出るかなんて、誰にも分からない。要するに本人がどのように解釈して自分を客観的に見ることができるかということなんですよ」
 なかなか難しい話に入ってきた。
 ただ優香にとって、彼の話は自分の心を見透かされているというよりも、自分の心が共鳴しているように思えてならない。優香は小説を書きながら自分が何を考えているのか知りたいと思っているのは事実だった。
 小説を書いている時の優香は、まるで別世界にいるかのようで、書き終わって我に返ると、すでに何を書いていたのかすら忘れてしまっている。
――これって夢の世界と同じなのかも知れないわ――
 小説を書いている時間は二時間近く集中していても、実際に感じるのは、十分程度くらいの時もある。終わってみるとあっという間だったという経験は誰にでもあるだろうが、その時に感じることは共通して、
「集中していたから」
 と答えるに違いない。
作品名:夢ともののけ 作家名:森本晃次