夢ともののけ
小説というものをどう捉えるか、中学生の優香には分からなかった。小説を書くことを勧めてくれた友達にも、優香の扱い方を模索しているところがあったが、小説執筆と一緒に考えることで、一石二鳥のように、優香のことを理解できるのではないかと感じるようになっていた。
優香の作風は、ミステリーが多かった。トリックを考えようとして中途半端に作品を仕上げるので、本人には不本意なようだったが、見てくれる友達には印象は悪くなかった。
小説を書くことを勧めてくれた友達以外にも、小説を読んでくれる人はいた。
友達の従妹に当たる人で、年は優香たちより一つ上だった。同じ学校の先輩でもあり、存在は以前から気付いていたが、そんな様子を優香はおくびにも出そうとはしなかった。
「麻美ちゃん、今日はどこまで書いたんだい?」
と、その従妹はよく友達の麻美に聞いていたのを、知らないふりをして、優香も聞いていた。
「私は、どうしても自分の気に入った作品が書けないと、人に見せるのが恥ずかしいタイプなのよ」
と麻美は言っていたが、従妹のお兄さんに対してだけは、素直に見せていた。
「今回の作品は、前より少し自分でも気に入っているのよ」
と、その表情は、見ているだけで感情が透けて見えてくるようで、優香には分かりやすかった。
「そうなの? じゃあ、楽しみだな」
と、先輩は本当に楽しみな顔をした。
先輩のその表情は、麻美の気持ちを思い図ってのことなのか、本当に小説を読むことが楽しいという思いが前面に出てのことなのか、麻美には分からなかった。
先輩は名前を翼という。麻美は先輩のことを、
「お兄ちゃん」
と呼んでいたが、優香は先輩のことを、
「翼先輩」
と呼んでいた。
先輩もそう呼ばれることを気に入ってくれたようで、優香も嬉しかった。
「お兄ちゃんはね、自分で小説を書いたりはしないんだけど、読むことは大好きで、書くことが好きだった私の一番の理解者でもあるのよ」
と、麻美は翼先輩のことをそう言って褒めていた。
その表情には、
「私はお兄ちゃんが好きなんだから、私のお兄ちゃんに手を出さないでね」
と言いたげに感じられた。
だが、優秀なお兄ちゃんを自慢したいという気持ちも十分に表れていて、麻美の翼先輩への想いに関しては、優香の考えすぎではないかとも思えた。
「私は、本当は小説や本を読むのが以前は嫌いだったの」
と、優香は言った。
そのことは麻美には分かっていたが、翼先輩には初耳だったようで、
「へえ、そうなんだ。それでも今は小説を書けるようになっているじゃない。それって、本当に素晴らしいことなんじゃないかな?」
と言ってくれた。
ただ、この表現は、優香に対しての言葉というよりも、小説を読んだこともなかった人が小説を書けるようになったという事実が素晴らしいと言っているだけにも聞える。
つまりは、優香に対してというよりも、相手は誰であっても、同じ言い方をしているのではないかということだった。
普通ならそれで十分なのだが、優香はそれだけでは満足していない。麻美が優香の前で翼先輩を自慢している姿を見ているから、そんな気持ちになったのだと最初は思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
中学生になってから、優香は男の子を意識するようになった。それが世間一般にいう、――異性に対しての気持ち――
というものだという意識はなかった。
むしろ、
「世間一般と同じでは嫌だわ」
と感じていたくらいで、自分の気持ちをハッキリと分からない方が、その続きが広がってくるように思えて、内心ドキドキしていた。
小説を読んでいる時の翼先輩の姿や横顔は、贔屓見目に見ている優香には、眩しかった。同じように見ている麻美がどんな気持ちなのか、次第に優香は気になってきた。
――麻美も私のことを意識しているに違いないわ――
小説に対しての評価というよりも、まるで麻美と自分たち二人を値踏みされているようで、どこかくすぐったさもあった。
――恋のライバル――
と言ってもいいかも知れない。
少なくとも優香はそう思っているし、麻美も優香が感じるよりも先に感じていたことだと思っている。
先輩には、二人を値踏みする気持ちはサラサラなかった。だが、小説の批評に関しては、結構シビアなところがあり、優香が想像もしていなかった箇所に突っ込みを入れてきたりする。
そのたびにドキッとしてしまう気持ちが、小説を抉られた気持ちからなのか、それとも自分自身を抉ってきたように思う気持ちからなのか、ハッキリと分かっているわけではなかった。
ただ、批評を受けた部分を冷静に読み返すと、その作品では得ることのできなかった感覚を、自作に生かすことができるようになった。それが一番嬉しい。
なぜかというと、一つの作品を書きあげるとついつい満足感に浸ってしまい、自作への意欲がよみがえってくるまでに結構時間が掛かっていたりした。
その間に、小説への興味が薄れてくるかも知れないという危惧が頭のどこかにあるようで、若干ではあるが、心配していたことだった。
しかし、先輩の批評によって、自作への意欲が掻き立てられると、自分の気持ちを作品制作に継続性を持たせることができる。本当は他力ではいけないのだろうが、意欲を継続させるということの難しさを最近感じていたので、人からのアドバイスであっても、継続に繋がるのであれば、それは全然オッケーだったのだ。
その思いは自分だけが分かっているものだと思っていたが、どうやら麻美も同じことを感じているようだった。しかも、それを優香も感じているということも看破していて、優香も麻美から言われなければ、そのことに気付くことはなかっただろう。
「小説って人から評価されることの大切さをどれほど分かるかによって、書き続けられるかが決まってくるような気がするの」
という麻美のセリフを聞いて、気持ちの中では共鳴し、自分も同じようなことを感じていることが分かったが、それが翼先輩のことを指しているのだということにすぐには気付かなかった。
「そうよね、私も小説を書くようになってから、いつも焦っているのが分かっているの。小学生の頃、小説や本を読むのが苦手だったのは、文章を読み込んでいく時、どうしても先に結論が知りたいという欲求に駆られてしまって、ついつい状況を読まずに、セリフだけを読んでしまっていたのよ。だから、小説の場面を想像することができずに、読んでいてもその小説のどこがいいのかなど分かるはずもなく、何のために読んでいるのか、それすら分かっていなかったのよ」
というと、
「だから国語が苦手だったのね」
「ええ、テストに出た文章も、まともに読まずに最初に設問から見てしまう癖がついてしまっていたの。だから、設問の本当の意味が分からずに、答えもチンプンカンプン。だから国語は苦手だったのよね」
「優香がそんなに焦るようなタイプだって誰も気付いていないんじゃないかしら?」
確かに優香は、おっとりとしたところばかりまわりに見せている。当然焦って何かをしているような素振りを見せたことはないし、運動音痴なところなど、いかにもおっとりしている様子が見てとれた。