夢ともののけ
「だって、君がそう思っているからさ」
「私が思っていることを鵜呑みにしているということ?」
彼の返答がいい加減なものに感じられ、少し苛立ってきた優香だったが、彼に対しては、その思いを隠すことなく表に出した方がいいような気がした。彼に感じさせることで、優香は自分の中で何を考えているのか見えないところを彼に指摘させようと考えていた。
「鵜呑みになんかしてないさ。君が感じていることがここでは正解なんだよ。だって、ここは君の夢の中なんだろう? そのことを一番よく分かっているのは、君なんじゃないかい?」
「でもあなたはさっき、少し違うニュアンスで言ったわよね。私はそれが引っかかっているの」
「夢には種類があるということかい? 確かにその通りなんだけど、いくら種類があっても、夢を見ている人は一人なんだよ。たとえばこの夢では君だよね」
と言われて、優香はまた少し混乱した。
「じゃあ、あなたは何なの? 私の夢の中のただの登場人物? だとしたら、私の思考回路の中の支配下にいるということになるの?」
論理的というよりも、ファンタジックな表現になっているような気がして、夢に対しての考えが少し優香の中で変わってきているように思えていた。
「そうだね。君の考えていることの範囲内に僕は存在しているということになる。でも、それは君が知っているすべてのこととは違う次元の問題なんだ。僕という人間は、君が自分の頭の中の都合で作り出したものにすぎないわけだが、本当の僕は、実は現実世界にも存在しているんだよ」
「えっ? そうなの?」
「ああ、そうだよ。人が夢の中で見ている人物や光景は、実際に存在するものなんだ。もちろん、本人は一度でもその場所やその人をどこかで見ているはずなんだ。そうでなければ、そんなに都合のいい世界を夢の中で形成などできるはずはないからね」
彼の言い分にも一理あった。
「私も心のどこかでそんなことがあるんじゃないかって思っていたような気がするわ」
と優香は言ったが、本当は口に出すつもりのない言葉だった。
これが夢だと分かっているから口に出したのだ。そして、相手が彼でなければいくら夢の中だとしても口には出さなかったかも知れない。さっきの失礼な表現しかり、夢というのは自分の都合のいいように見ていると思いがちだが、実際にはまだまだ夢の中で遠慮しているのかも知れない。そう思うと優香は彼が書いている小説が気になって仕方がなかった。
「その小説はどんな小説なんですか?」
と思い切って聞いてみた。
「この小説は実は僕が書いているんじゃないんだ」
「えっ?」
また不可思議なことを言う。
「この小説は君が書いているのさ。正確には君の潜在意識が僕を使って書かせているといえばいいのかな?」
「じゃあ、私にはその内容が分かっていると?」
「分かっているというよりも潜在しているということだね。潜在しているからと言って分かっているというわけではない」
「そのお話を私には見せてくれないの?」
「見せるわけにはいかない。もしこれを君が見てしまえば、この世界に矛盾が生じてしまって、この世界自体がなくなってしまうんだ」
「するとどうなるの?」
「僕にも分からないけど、ひょっとすると最悪、君の意識は帰る場所を失って彷徨うことになるかも知れないね」
「矛盾って、そんなに恐ろしいものなんだ」
「そうだね。だけど、矛盾という力がなければ、小説というものは完成しない。この小説が完成しないと、やはり君はそのまま彷徨うことになるんだよ」
「今はまだその小説は完成していないんでしょう? だったら、私は今彷徨っているということ?」
「そうだね。ある意味彷徨っているといってもいい。でもこの作品が完成したからといって、君の彷徨が終わるというわけではない。人は生きている限り、意識が存在している限り、彷徨うことが終わるわけではない。問題は彷徨うことにも種類があるということだね」
「それは夢にも種類があると言ったさっきの言葉に結びついてくるの?」
「そういうことだね」
「夢ってよく分からないんだけど、いろいろな考え方ができるという意味では、いつも夢について考えている自分がいるような気がするの」
と優香がいうと、
「夢というのが、目が覚める寸前の数秒でしか見ていないという話は、僕も聞いたことがあるよ。でも、実際にそんな風に感じながら夢を見ている人はいない。目が覚めてから、そのことを思い出すのだけど、目が覚めるにしたがって、夢の内容を忘れていくことに何か関係があるのかも知れないね」
と彼は言った。
「あなたは、私から見れば、何でも知っているかのように見えるんだけど、意外と知らないことも多いのかしら?」
意外な気がしたので、思わず聞いてみた。
「僕はそんなに何でも知っているわけではないよ。むしろあなたの方が私よりも知っていることが多いくらいだと思うよ。特にあなたの世界での出来事はね」
「じゃあ、あなたは夢の世界の住人ではないということなの?」
「そうだよ。君は僕が夢の世界の住人だと思っていたんだね?」
「ええ、そうです」
「あなたは、私の夢の世界に入りこんできているので、てっきり夢の世界の住人だって思いました」
「僕は確かに君の夢の中にいるんだけど、それは僕が夢の世界の住人だからというわけではない。そもそも夢の世界なんて存在しないんだよ。夢の世界と呼ばれるものは、夢を見ているその人が作り上げた個別の世界のようなものなんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、でも、実際には夢の世界というのは、共有できるものなんですよ。だから、あなたは今自分の夢を見ていると感じているので、僕がこの夢に出てきているのは、あくまでも自分の夢の出演者というイメージなんでしょうね。そして、私が出てくることには、何か意味があると感じているんだと思います。それはこの夢が完全にあなただけのものだって思っているからであって、もし他の人が何かの意見を言ったとすれば、それは潜在意識が感じさせたものだって思っているんでしょうね。だからこそ、夢というのは潜在意識が見せるものだっていう理屈を信じてしまうんでしょうね」
「ええ、その通りです。でも、夢を共有できるというのはどういうことなんですか? まるで私の見ているこの夢を、あなたも自分の夢として見ているという風に聞こえるんですけど?」
「似たようなニュアンスでしょうか。ただ、皆が皆、夢を共有できるというわけではないんです。でも、共有している夢の相手に共通性はないんですよ。知っている相手だけというわけではなく、まったく知らない人と夢を共有していることもあります。何しろ、この世の中で、知っている人よりも知らない人の方が圧倒的に多いんですからね。それは当然のことです」
「そうですよね。でも、そんなにまったく知らない人の夢と共有するというものなんですかね?」
「確かにその通りです。あなたの言う通り、まったく接点のない相手と夢を共有することはありません。ただ、夢の共有というのは時代を飛び越えることができるんです。ただし、それもその人がこの世に存在している間のことであって、限りはあります」
という彼の話に、