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短編集63(過去作品)

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 今まで、順応性に長けているなど考えたこともなかった。どちらかというと天邪鬼な性格なので、他人に合わせるような順応性はあるわけがないとさえ思っていた。だが、順応性というのは本当に他人に合わせることなのだろうか? それを考えると、
――敵を知り己を知る――
 という言葉が頭を掠める。
 別に敵がいるわけではないが、相手の懐に入らずして、自分の我を通すこともできない。そういう意味で、まずは相手を知ることが大切だということで、
――郷に入れば郷に従え――
 という言葉に繋がっていくに違いない。
 自分にとって都合のいい友達が増えたことも特徴だった。男も女もである。
 彼らは酒井を慕っている。酒井のどこに人を惹きつけるものがあるのか分からないが、なぜか慕ってくる。酒井自身にも分からなかったが、これも役得なのかと、しばしその立場を堪能してみることにした。
 高校の頃まで、酒井は童貞だった。
 逢坂の高校は、普通の生徒はあまりおらず、優等生か、劣等生かの二つしか存在しなかった。
 優等生は都会の大学に進み、将来は戻ってきて市の要職に着くか、それとも大企業に入って、市から完全に離れてしまうかのどちらかであるが、劣等生は、市から離れることができずに、しがみ付くような生活を強いられる。中には後悔するやつもいるだろうが、一部の連中は、都会の暴力団関係に足を踏み入れ、逢坂市に迷惑を掛ける存在になっていく。
 逢坂市には、小さいが事務所もある。そこでは逢坂市出身の連中が仕切っていて、市の警察もうかつに手を出せず、手をこまねいている状態が続いたこともあった。だが、基本的には、静かにしていて、よほどのことがない限り、彼らから直接的に迷惑を被ることはない。
 だが、存在だけでも困ったものである。何とかしようと試みた市の職員が犠牲になったこともあった。
 小さな市ではこのような悲劇が時々起こる。正義感に満ち溢れている連中にとっては、許すことができない存在なのだろう。
 だが、市の中には彼らを利用しようと考える輩もいる。選挙において、彼らを用心棒として雇い、自分への票集めに奔走させることもある。市としても、必要悪のような存在の彼らを、見て見ぬふりをするしかないのか、黙殺しているのが事実だった。何もしないのであれば、検挙もできないのだから、放っておくしかないというのが、本音ではないだろうか。
 酒井は天邪鬼なところがあったことで、他の人と一緒では嫌だという性格のせいで、成績はよかったが、優等生ではなかった。高校の中では唯一といっていいほど、「普通の生徒」の部類だった。
 そんな彼にまわりは興味を持つこともなく、女性から相手にされることもなかった。だが、それでも他の連中とつるんだり、群れをなすことを嫌っていたので、酒井にとって、それもありだったのだ。
 都会の大学に進学しても天邪鬼な性格は変わらない。
 しかし、一通りの経験はしてみたいと思って、まずは童貞を捨てることからはじめたかった。
 一人で歩くには都会の人間でも考えるのに、ましてや田舎から出てきてすぐの酒井にとっては、都会のネオン街は眩しすぎた。それでも目指すところは最初から決めていたので、ネオン街の明かりは、さほど気にならなかった。
 それでも表情は幾分も硬かったことだろう。決意の表れがあったからだ。
 呼び込みの人たちも決して声を掛けようとしない。声を掛けても、一言だけで、酒井が手を上げて遮ると、相手は諦めてしまう。酒井が知っていたかどうか分からないが、この道では暗黙の了解だったに違いない。
 相手の名前は、「さつき」さん。
――五月生まれなのかな――
 自分も五月生まれなので、酒井にとっては名前からも興味が湧いた。風俗雑誌など今まで見たこともなかったのだが、初めて見る気がしなかった。見たことがなかったのは、見てもよかったのだが、
――都会に出てきてから童貞とおさらばする時に見るものだ――
 と心に最初から決めていたことから、別にずっと見たいと思っていたわけではないので、冷静に見ることができた。
 写真で満面の笑みを浮かべている「お姫様」たち、作られた笑顔には到底見えない。だが、今までの自分の生活からはまったく違って見えていたので、
――本当に存在する人たちなのだろうか――
 とさえ思えてしまう。
 だが、本当に彼女たちは存在するのだと思って見ていると、初めて見たようには思えないのだ。それも酒井の性格の一つなのだろうが、中途半端が嫌いな性格と、どこかで繋がっているように思えてならない。
 一直線にさつきさんのいる店に入る。中では男性が冷静に待ち構えている。彼らに感情はないのだろうかと思えるほどで、それも客への配慮なのかも知れない。
 下手に人懐っこいのも、こういうところでは気持ち悪い。冷静な対応が客の緊張を煽らずにいいのかも知れない。
 予約は最初から入れていた。名前を言うと、男性店員は、一瞬笑顔になり、こちらが笑顔を確認したのが分かったのか、その瞬間にすぐに表情が元の冷静な顔に戻った。
――これも彼らの特技なのかも知れない――
 それができるからこそ、こういう職ができるのか、それともこういう職だからこそ、冷静な表情ができるように訓練されたのか、どちらなのかということに酒井は興味を持った。
「どうぞ、お待たせいたしました」
 高級感溢れる待合室に少しだけいたのだが、タバコを吸わない酒井であっても、テーブルの上にあるタバコのセットが高価なものであることは、一目瞭然で分かった。純金製を思わせるライターが却って緊張感を煽る。慣れている人にはゴージャスな雰囲気はありがたいのだろうが、酒井にはまだまだ分からなかった。
 ボーイの声に頭を上げると、そこにはさつきさんが立っていた。笑顔は写真とは少し違って最初は別人かと思ったほどだが、よく見れば写真よりも数段綺麗に見える。やはり、憧れの人は実際に見なければ、その素晴らしさは伝わってこないのかも知れない。
――他の女性にも言えることかな――
 一瞬浮気心を抱いた自分に
――いやいや――
 と否定してみる自分。これも照れ隠しの一つであった。
 さつきさんにエスコートされるように奥の部屋へと導かれる。通路は二人が並んで歩くには狭すぎるが、手を引っ張ってくれるさつきさんの後姿を見ていると、またしても初めて見る感じではない気がしてきた。
 肩甲骨の盛り上がりにドキッとしてしまう。黒いキャミソールがセクシーで、雑誌に載っていたさつきさんが着ていたのも同じ衣装だった。
――やはりさつきさんは黒い下着が似合う――
 雪のように白い肌というのを想像したことがなかったが、さつきさんも白い肌をしているが、雪のようなという表現とは少し違う。どちらかというと、
――餅のような肌――
 という表現が一番適しているだろう。それは色だけではなく、きめ細かなところを感じさせるからだ。きめ細かさとは、ライトに照らされて光っているように見えることから感じることである。さつきさんを見ていると、再認識させられた。
――再認識?
作品名:短編集63(過去作品) 作家名:森本晃次